46:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:38:39.62 ID:FQVp12gN0
* * * * *
「お疲れ様でございますよー」
「あら、いらっしゃい」
同日夕方、レッスンルーム。
ひとり残って自主練をしている相川千夏のもとを訪れたライラ。
「リハもあったんだし、早めに帰って休んだ方がいいんじゃない?」
それとも何か、あったかしら。そう不思議がる千夏に対して、首を振るライラ。
「いえ、前日ですから……ですからこそ、チナツさんのダンスが見られたらいいな、と思いまして」
やっぱり今一度、確認しておきたいのはその姿、その佇まい。それは明日の内容と同じくらい、ライラが大切にしていることだから。
「……まったくもう」
思わず苦笑いの千夏。
「どうかしましたですか?」
「ううん、なんでもないわ」
どうして自分を取り巻く人間は、こんなにも懸命で、苛烈で、魅力的な人ばかりなのだろう、などと思いながら。
目下練習中の動きを振り返る千夏。繊細で、それでいて情熱的なその姿。ライラは見入っていた。求められることも得意とすることも、きっと自分とはちがう。でも、大切なものはきっと通じている。そう感じながら。
「よし、と」
一連の流れが終わったところでポーズをきめる千夏。ライラが拍手で迎えた。
「ずいぶんと余裕があるのね?」
ストレッチをしつつ雑談を交わす。前日で、リハも終えて。もう少し緊張感に包まれているかと思ったら、どこか緩やかな空気を纏っていたライラの姿を千夏は少しだけ、意外に思っていた。
「そう……でしょうか? えへへ」
あまりそういったプレッシャーはない様子のないライラ。とはいえ内心、いろいろ今日までのことがこみあげて来ているのは確かだった。だからこそ彼女に会いにきたわけで。
「チナツさんに会えてよかったでございますよー」
「ご期待に沿えたなら何より、ね」
いつも通りであろうとする、ライラなりの立ち回りだった様子。そう思うと、千夏としても微笑ましさを感じるけれど。
でも、それだけではなくて。
「……チナツさん」
「どうかした?」
「わたくし、やっとスタート地点に立てたのかもしれませんですねー」
まるで千夏に報告しておかなくてはならないことだから、とでもいうように。
「……アイドルの?」
「いえ、『スキ』の、でございます♪」
唐突に綴られる言葉に、驚きを隠せない千夏。
それが意図するところはどこまでなのかわからない。けれど、それを言えるライラの成長にこそ、紛れもない今がある。千夏はそう思った。
「…………まいったわね」
「いえいえ、まいらないでくださいませー」
大袈裟に息を吐いて見せる千夏の言葉を、ライラが遮る。
わたくしはチナツさんに教わってこそ、今ここにいるのですから。そう話す彼女は凛々しかった。
「ありがとう。素敵になったわね、ライラ」
笑い合った。
「チナツさんとの特訓の成果、明日、お見せできたらなと思いますです」
「光栄ね。楽しみにしてるわ」
光栄、という言い回しを使った千夏。事情どうあれ、刺激と学びの真っ只中で成長を続けるライラは魅力的で、そのきらめきの一端にでも貢献できているなら誇らしい、と。
相川千夏の魅力もまた枚挙に遑がないが、年少者にも敬意を忘れないこと、子供も無闇に子供扱いしないこと ―― それはきっと、彼女の何より素敵なところ。
「まだまだこれからよ、私も」
深呼吸をひとつして、千夏はぽつりとつぶやいた。自身が立派な人だなどとは決して思わないけれど、積み重ねてきたことは確かにあって、信じていることだってたくさんある。それと同じくらい、向上心も、ちょっとした欲も。だからこそ。
「ライラの言動やきらめき、あるいはその勇気に、教えられることもたくさんあるわ」
「……もしそうなら、わたくしもコーエーでございます♪」
「お互い様、ね」
そう言って笑みを交わす。
「私のステージも、千秋のステージも、きっとそれぞれに自分の世界があったと思っているの。明日ライラがステージで見せてくれる『ライラの世界』、楽しみにしてるわね」
ウインクひとつ。心なしかご機嫌の千夏。うなずくライラ。
千夏のレッスンを経て。千秋のライブを体験して。
「千の夏を超えて。千の秋を超えて。そして ―― 千の夜を超える。それがあなた、ライラなのかしら。なんてね」
「千夜一夜にオモイをハセテ……で、ございますね♪」
小粋な言葉が交わされる。
夜は、更けててゆく。
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