45:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:37:53.20 ID:FQVp12gN0
[ ナッシング・ライク・ザ・サン
聞いていいことなら聞くから、なんでも話してくれよ。友達だからな。
(池袋晶葉/アイドル)
「ライラ、もう少しマイクを寄せた方がいいかも」
「え、あ、はいです」
ライブ前日。リハは滞りなく進行していた。全体の流れを振り返る途中、ライラに声を掛けたのは明日のステージを牽引する事務所のエース、渋谷凛だった。
「……このくらい、でございますか」
「うん、そうだね。声もしっかり拾えるし」
そのくらい近づけた方がいいよ。それでも別にハウらないでしょ。そう説明する凛。
「ありがとうございますです、ライラさん声がちょっと弱いですからねー」
先日のレッスンを思い出すライラ。無理して乱暴な歌い方になるのではなく、声の綺麗さを大切に。そう説明を受けての今。だからこそ、マイクの位置ひとつ、立ち位置ひとつにも工夫がいるのだな、と。
「そんなことないよ。ライラの声はしっかりわかる」
私や、周りのみんなのところならね。凛が語る。
「でも、私たちはその声を、会場全体のファンに届けなきゃいけない。だから、少しでも良い形にすることを考えなきゃ。それだけの話だよ」
声量がどうとか、得意不得意とか、今は気にしなくていいからね、という凛のフォローに心が暖かくなる。だけどそれは、舞台に立ち続けている人ならではの本質を突いた言葉でもある。
今できることは、明日に備えて整えることだけ。だからこそ。
「一緒に、しっかり届けようね」
何事もなかったようにセンターの位置に戻る彼女。事務所の売れっ子であり、多忙な日々を送る彼女だが、ひとつひとつの仕事を蔑ろにしない。スタッフの信頼も厚い。周囲のことをよく見ている。今もそう。
「はい、です」
誰に返答するでもなく、彼女の背中を見つつ、ライラはつぶやいた。
お疲れ様でした、の声が飛び交うリハ後のステージ。最終確認を済ませ、解散となる。ライラも荷物を片付け、スタッフと話をしている渋谷凛のそばへ。様子を伺っていると、向こうもライラに気づいた様子。
「お疲れ様。どうかした?」
「あ、いえ、お疲れ様でございますです。いえ、ごあいさつだけ」
「ふふっ、律儀なんだね。ありがとう。明日はよろしくね」
明日のステージ。メインは言わずもがな渋谷凛その人である。多方面で活躍するようになった今となっては、彼女のステージがこうした小さなハコで見られるのは貴重だし、明日の集客は彼女人気に依るところが少なからずある。そしてそれを一緒に盛り立てるのがライラたちだ。けれど。
「そんなにかしこまらないで。ライラたちだってメインなんだからね」
全員にアピールの時間が設けられている明日のステージ。それはみんなで作るもの。彼女はその意識を忘れないし、参加者みんなにそう伝えていた。渋谷凛というアイドルもかつて、同様の場で背中を押してもらえたところから踏み出したように。
「ライラは、届けたいメッセージはある?」
「メッセージ、でございますか?」
「うん」
凛の問いかけに一瞬戸惑うライラ。しかし。
「……うまく伝えられるかはまだわかりませんですが、気持ちは、ありますです」
噛み締めるように話すライラ。ゆっくりと、でも確かに。
「いいね、その返答」
笑みをこぼす凛。
「私たちは魅せる側。届ける側。でも、私たちも魔法にかかるんだよ。いつだって、信じて立つそのステージでね」
輝きの向こう側を探しにいこうね。彼女は少しだけ得意げに、そうつぶやいた。
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