ライラ「アイスクリームはスキですか」
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44:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:37:07.67 ID:FQVp12gN0

「実は新しい企画が立ち上がっていて」
 ライラが落ち着いたのを見計って、プロデューサーが切り出した。事務所のアイドルから数人が選抜され、みんなでいろんな未体験のものにチャレンジしてみる企画が不定期で行われている。その次回枠にライラを推薦していたら、話が通ったとのこと。
「たぶん、楽器に挑戦してみる機会になると思う」
 この企画はその都度のスポンサーや取材先のさじ加減で内容も規模も大幅に変わるため、毎度色合いがかなり異なるものになる。そして、プロデューサーが彼女を推した今回の企画が「ロックバンドにチャレンジする」というもの。
「おおー。わたくしロックバンドは初めてでございますねー」
「なら、なおのこと楽しみだね。初めは不慣れでもいいよ。でも少しずつ学んで、みんなとコミュニケーションを取って、成長していく。その過程が企画の肝だから」
 キッカケがないと触れ得ないものこそ、こうした企画に乗じて学んでいってほしい。それはアイドルの役得なことでもあるから。プロデューサーはそう説明した。
「はいです♪」
 わたくし、もっともっと成長できるよう頑張りますですよ、とライラは笑った。
 近日中に他のメンバーの正式発表も教えてもらえるとのこと。
「どなたでしょうねー。楽しみでございます」
 それにしても。目下のライブの準備が佳境なのに、次の話も動いているんだなと改めて実感するライラ。とっても楽しみだけど、どこか不思議な感覚でもあった。彼にそれを話すと、それはそうだろうね、と返された。
「でも、きっとそういうものさ。今度のライブがライラにとって大切なもので、いろいろメッセージを抱えているのは間違いないけれど。でもそれを過ぎたってライラはアイドルを続けていくんだし、お仕事だって取ってくる。活動を続けるってことは、こうした一生懸命の瞬間が続いていくことだと思うよ」
 そしてそれは生きていくことそのものだってきっとそう。彼はそう続けた。
「十六歳とは思えないくらい、たくさんの経験をしてきたんだと思う。でももっともっと、素敵なことがこれからもきっと待ってる。そんなライラを見ていたい。だから ――」
 ちらり、と視線を寄せる。
「一緒に頑張ろうね」
 彼なりの、まっすぐなメッセージだった。
 直球では述べなかったものの、誰よりも彼女に物語を感じ、誰よりも彼女のきらめきを信じている。それが彼であり、彼にもその自負があった。だからこそ、伝えなくてはならないことも、伝えたいこともある。
 いろんなことが一斉に舞い込んできた状態のライラは少し混乱気味になっていた。だけど本当に本当に、大切で素敵で、手放してはいけないもの。それが今、たくさんここにあるということははっきりと認識できたし、それがライラにはうれしかった。そしてちゃんと、気持ちが昂るということも。
 彼女の返答は、今日何度目かの「ありがとうございますですよ」だった。もっともっと語りたいけれど。もっともっとお返事がしたいけれど。でも多くは語れそうもない。ドキドキで破裂しそうな自分がいるから。

 プロデューサーは少しだけ笑みを見せ、あとは黙って車を走らせた。
 千夏が彼を「ズルイ」と形容したことがあるけれど、それはこういうところのことなのかも、などとライラは思った。不思議と笑みがこぼれた。

 実は彼もまた、この瞬間に感じ入ることはたくさんあった。
 ここにきてライラが力強く、たくましい言葉を綴るようになっていること。ライブに向けてきちんと調子を上げてきていること。さっきの質問にしてもそう。大切なことをこぼさないようになってきている、それは間違いのないこと。
 いちプロデューサーが、彼女の人生そのものに過度に踏み入るのは果たしてよいことなのか。それは何度も自問した。でも、止まらない時の流れもあれば、止まらない情動もある。それも事実。
 彼女をアイドル活動に導いたのは自分なのだ。それは遥か東洋の島国に巡りついた彼女の数奇な運命の一端であり、同時にまだまだ道の途中でもある。ここが最善かはわからない。でも、ここで紡ぐ物語を形にしなければ、彼女にはもっと望まない運命が待っているかもしれないのだ。少なくとも、今できることをしっかり積み重ねていくこと。それが何より大切で。だからこそ、彼女の内面にも、眼前の諸問題にも、一緒に向き合っていく必要がある。
 ならば、手離してなるものか。運命に向き合え。これがライラなのだから。寄り添うべき担当アイドル、ライラなのだから。そう心でつぶやいた。

「……プロデューサー殿は」
「ん?」
「運命の出会いを、信じますですか?」
 ライラがそっと口を開いた。それは遥か昔、どこかの物語のはじまりにあったような問いかけ。

 意味するところはなんだろう。
 透き通るようなその瞳の奥に、見据えられていることは。
「………………どうかな。自信はないよ。でも」
 信じたいな。できることなら。
 少し言葉に迷いつつも、彼はそう語って返した。

 夜は、更けてゆく。



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