41:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:33:28.98 ID:FQVp12gN0
《あなたはきっと今、ひとつの分岐点にいる。だからこそ慎重になるのはわかる。でもきっと、これを乗り越えたらまた次の、それを越えたらまたその次の分岐点は現れるし、ヤマ場は何度でもやってくるわ》
経験していけばわかること。人生は挑戦の連続だから、と。
《だから、悩みすぎないで。そして抱えすぎないで。完成度の高い答えを出そうとばかりしないで、今出せるものをどんどん周囲に見せて。そして磨かれながら、アプローチを続けてほしい》
含蓄のある言葉が続いた。みんながいるから、と。
それは本当にそうだとライラも思っている。助けられて、支えられて。わたくしも誰かにとってそういう人であれますように。
《ありがとうございます》
それは心からの言葉だ。
《彼は何か語っている?》
《プロデューサー殿、ですか?》
もちろんよ、と彼女。
《貴方のことを信じてやまない、いま貴方を誰よりも信じている人》
そう説明され少し恥ずかしがるライラ。逆はともかく、その自信はまだない。……そうであったら、という期待が心にあることは確かだけれど。でも真実のところはわからない。
《もっともっと頼ることね。相談でも、なんでも。あのプロデューサーは意外に頼もしい人よ》
背中を押してくれるヘレンの言葉は、どれもライラにとって暖かい。
だけど。
《……ヘレンさん、プロデューサー殿は意外ではなく、とても頼もしくて、とても素敵な方ですよ》
思わぬ強い返しに、笑みをこぼすヘレン。
《フフ。いい表情ね》
風が吹き抜ける。
《ライラはプロデューサーに、一個人として、恋愛感情として、好きの気持ちはあるのかしら?》
《……えっと》
核心に触れる問いだった。いや、似たような話は何度となくあったかもしれないけれど。
改めて彼女の表情を伺う。茶化すような雰囲気はない。いや、ヘレンに限って言えば、そもそも茶化すなどということはないのだけれど。
《ひとつだけ教えてあげる。好きの定義は人それぞれ。愛しく思うこと、感謝の気持ちでいっぱいになること、よき理解者であること、運命共同体であること、あるいは ―― あるいはただ純粋に、ドキドキが止まらなくなること、なんてのもね》
言葉にしなくちゃいけないわけじゃない。だけど、言葉にしたことで再認識できることも、こみあげる気持ちも、運命と向き合う意識も生まれてくると思うから。そうヘレンは語った。
《…………》
沈黙は戸惑いの証。答えに迷っているからではなく、一つの明確な意思を言葉にすることへの、戸惑い。
きっと、今すぐに返答しなくとも、それを咎める彼女ではないだろう。けれど、そんな自分ではいたくない。そうライラは思った。
空を仰ぎ見る。深呼吸を一つ。
《はい。きっと……きっときっと、一人のわたくしとして、恋愛の気持ちとして、プロデューサー殿は大好きですね》
ヘレンに向き直り、ライラはしっかりと答えてみせた。
担当のプロデューサーとして慕っていること。ここまで連れてきてくれたことへの感謝でいっぱいということ。そして、そういう意味の好きとは、もう少しだけ異なる気持ち。
《よろしい。そう返せるのはあなたがちゃんと考えてここにいる、そういうことだから。そして止まらぬ想いがそこにもあると意識できているから》
その気持ちを忘れないでね。ヘレンはそう語った。ライラはそっとうなずいた。少し頬を赤らめている自覚があるのか、照れるようにうつむいた。
《あなたに足りないのは意思でも度量でも、ましてや好奇心でもないわ。きっとどれもちゃんとあるから。足りないのはきっと「叫び」よ》
《叫び、ですか》
《そう。渇望が、切なる願望が、もっともっと聞こえてほしい。それこそがあなたのあなたたる所以なのだから》
《わたくしに、それがありますかね?》
《あるわ。ないわけないでしょう》
なぜってあなたは、あのライラなのよ。
大仰な身振りをしてみせるヘレン。
《あの?》
《そう、あのライラ。己として生きたいという渇望を胸に、故郷を離れてここまで来たのよ。大冒険を越えてここにいるのよ。生きたい。これがあなたの叫びの一つ。それはとても尊いこと。……ではその先は? それこそがあなたに今、求められている姿かもしれないわね》
全ての人に物語は存在するのだから。あなたにも、そして、私にも。
ポージングの意味はわからなかったけれど、綴られるヘレンの言葉はさすがだった。
《世界はいつだって美しくて雄大で、汚くて儚くて、そしてやっぱり素晴らしい》
だから走りましょう。私もここにいるから、と。
ライラは改めて実感した。前を向く人が見せる輝きは、やっぱり心を打つものだ。
「アイドルって素敵でしょう?」
そう言って笑みを見せるヘレンはキラキラしていた。
「私がアラビア語を話すのは、きっとこれが最後ね」
「なぜでございますか?」
「これから先、あなたとまた本音を語り合う時が来たとしても、もう日本語でも大丈夫だろうから」
今、いい顔してるわよ、ライラ。
そう語り、サムズアップをしながらその場をあとにするヘレン。背中がまぶしかった。
「ありがとうございますですよー、ヘレンさん」
去りゆく太陽に向かって今一度ライラがぺこり、と丁寧な一礼をした。
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