ライラ「アイスクリームはスキですか」
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40:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:32:41.22 ID:FQVp12gN0

     * * * * *


 同時刻、事務所屋上。
 猛暑も今日はひとやすみ。どんよりした空を眺めながら、風を頬に受ける。
 少し思考を整理したいと思い、息抜きに屋上へ来てみたライラ。思いを巡らせる。
 刺激の多い、そして学びの多い最近の日々。感謝の気持ちも、毎日が楽しいという気持ちも溢れている。だからこそ、自身の問題にも向き合わねばならない。
 故郷の家族に見せることになるだろう映像は、今度のライブと、そしてその前後の舞台裏などになるかもしれない。だとしたら自己アピールの時間も大事になる。故郷に届くことも意識したメッセージなどがよいだろうか。いっそアラビア語で挨拶はどうだろう。でもそれは日本のファンに失礼だろうか。
「強みを探す」というトレーナーさんの言葉を思い返すライラ。あの話が出た時はどう考えたっけ……そうだ、日本をもっと知っていけたら、学んでいけたら、と思ったのだった。アラブ出身という色味を出すことは確かにキャラクターとしてはアリなのだろう。だけど自身としては、日本を学んでいく姿勢を大切にしたい。それは今なお思うこと。
「……」

 沈黙を破るように、やや音の高い口笛がどこからともなくぴゅうっ、とひとつ。続けて声がした。
「あいにくの曇り空ね。でも、太陽が出ていなくとも、月は出るのかしら……ね?」
 振り返ると、事務所でイチバン曇り空が似合わない存在がそこにいた。
「ヘレンよ!」
 名乗らずともわかる。でも名乗る。ポーズも取る。それがヘレンだった。
 なるほど、太陽はそこにあった。

 ヘレンはその後、しばらくライラの相談に乗ってくれた。考え事かしら、気にすることが多いのは成長の証ね。でも話せることは話した方が楽にもなるわよ、と彼女。そうしてライラが語る身の上のこと、今度のライブで何をするか考えていることなどに相槌をうちつつ、しっかりと聞いてくれた。
「悩みどころね。仮にその案で進めるとして、間に合いそう?」
「……それは、はい。自信はまだありませんですが、でも、きっと」
 なんとかしたい。それはライラ自身が切に願うことでもあるから。
「いい答えね」
 いつも通り快活な言葉が返ってくるかと思いきや、ヘレンはらしくなく丁寧だった。
「考えながら前に進むあなたは素敵よ。きっと成功すると信じているわ」
「おおー、ありがとうございますですよー」
 ぺこり、と一礼。笑みを交わす。
「でもねライラ、それにはきっとメッセージ以上のものが求められるわ」
「以上、でございますか」
「そう。私たちは、あなたの情動をまだまだ見ていない」
 ヘレンは続けた。情動。すなわち揺さぶられるような、魂のおもむくままに走る姿。
「……激しさが必要、ということでございますかね?」
「それもそうだけど、それほどに強い想いで今ここにいるんだというアピールが欲しいわね」
 理由はなんだっていい。でも今、自らの選択の先にここにいること、情熱を賭するに値する日々なんだということ、そしてこれからもいろんなことに向き立っていくんだということ。それを冷静さではなく、情熱的な表現で伝えてほしい、と。
「……なかなか難しいですねー」
「フフッ、確かにそうね。でも ――」
 一呼吸置いて、ヘレンは続けた。
《伝えるって、そういうことよ》
「!? ……え、あ」
 思わず目を見開いたライラ。

《綺麗な歌声に磨きがかかっているようね。それはとっても素敵なこと。でも、だからこそ。己の感情すべてを使って訴えかけてほしい》
 納得できるものを届けるのではなく、止まらない想いの中にある今を示すの。ヘレンはそう続けた。
 いや、内容もそうなのだけど。
《……ヘレンさん、アラビア語ができるのですか》
《多少はね》
 謙遜して見せたが、ある程度こなれた様子の節回し。本当に以前からものにしていた人のようだ。その事実に驚きと、どこか喜びを感じてやまないライラ。
《何故って? そう、私はヘレンだから》
 そう答える彼女はいつも通りで、雄大で、美しかった。



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