33:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:25:40.31 ID:FQVp12gN0
「少しだけ、お話をさせてください」
ライブ終盤、曲間に千夏が珍しく尺を取って語りを始めた。
最近の身の回りのこと、環境の変化、変わらずいてくれる人の存在。慕ってくれる後輩のこと。
手応えがあるのはやはり嬉しいという。ファンからのレスポンス、スタッフやバックバンドからの評価。巷での知名度。そして新たなお仕事の需要の声。それは絶えず新たな取り組みや挑戦をしているからこそ、尚更感じることであると。
「様々なことに挑戦させて頂いて。興味あることを追求させて頂いて。それに少なからず評価や反応を頂けて。私は恵まれているな、と感じることが多いです。本当にありがとうございます」
裏ではいつもヘトヘトだし、歯を食いしばって練習をしているし、汗も涙もいっぱいなんですけど。そう言って苦笑いを見せる。会場が柔らかな空気に包まれていた。千夏がこうした「イメージの裏側」にも通じるところを話すことは珍しい。ましてファンの前で。
「たまにはいいかな、なんて」
うまくいかないことも込みで、私は今を、そして自分を肯定したい。そしてできるなら、もっともっと進んでいきたいから。そう話す彼女。
「眠い朝も憂鬱な夜も、きっと誰にだってあるから」
小さな声でC'est la vie. と続けた。それが人生だから、と。
「そういう私も含め……好いてもらえたら。そして、歌をまた聴いてくださったら嬉しいです♪」
ふっと視線を逸らし、照れを隠しながら一礼する千夏。そんな姿にファンから歓声があがる。
らしくない物言いだった。でもそれだけ、その言葉を介してでも伝えたいメッセージがあったんだ、とライラは感じた。そしてそれは紛れもなく、アイドル相川千夏の真価そのものでもあったのだと。
「……きっと、相川千夏という物語があるってことなんだな」
隣にいた晶葉がぼそり、とつぶやいた。千夏という物語。その存在すべてが彼女を彩るものだと。だからこそ普段見えないことも語る意味があると。だからこそ今のMCがあったのだと。
最後の曲もしとやかに、美しく歌いあげられた。
ライラは聴き入っていた。千夏の綴るそのすべてが、ライラにも返ってくる言葉のようだったから。ずっとお世話になっていて、慕っていて、頼もしく思っている存在の彼女。そんな彼女から、あたかもメッセージを贈られているようで。
示さなくてはいけない、わけではない。
けれど、示すからこそ理解してもらえたり、愛してもらえたりすることもあるのだ、と。
エージェントとの打ち合わせを思い出すライラ。
ステージだけでなく、舞台裏や日々の様子も見せる話。仮に実現したとして、自身の姿は、努力は、立ち振る舞いは、はたして認めてもらえるだろうか。そんなことをずっと考えていた。あたかも今の自分の肯定否定のように。その如何はわからない。
けれど、故郷を離れたこと。今こうして生きていること。数奇な出会いや人生があったこと。それは厳然たる事実として「なくなったり」はしないのだ。たとえこの先、故郷に帰ることになったとしても、あるいはこのままここで生きるのだとしても。いずれにしても、自分の歴史はなかったことにはならないのだ。
アイドルとしてのライラを示すこと。
それは今ここで生きる自分を語ることでもあるのだ。
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