30:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:23:06.91 ID:FQVp12gN0
* * * * *
「……つまり、過程を見せるのはルール違反じゃないかと思った、ということかしら」
同日午後、事務所ビル併設のカフェテリア。ライラとプロデューサー、そして相川千夏が卓を囲んでのひとときとなった。
エージェントとの会話はあの後もしばし続いたものの、肝心のライラ自身が少し判断を保留していることもあり、方策の結論は出なかった。もとより急ぐつもりはない、とはエージェントの言葉だが。
そんな状況だったこともあり、プロデューサーは午後の空き時間を待って、ゆっくりライラと話をすることに決めた。相川千夏も呼んで。
「私がいてもいいの?」
「千夏さんだからいいんですよ」
雑な理屈を振りかざしながら千夏を連れゆくプロデューサー。あきれた、と言いつつもきちんと話は聞いてくれるし、なんだかんだ受け答えに積極的だ。そういうところをプロデューサーも理解しているし、信頼があった。
改めてひとしきり話を聞いて、千夏の感想がそれだった。まさにライラはそこで引っかかっていた。コーヒーのカップがそっと置かれた。
「プロデューサーはどう思うの?」
隣を見遣る千夏。ライラの意見は確かに一理あるし、本人の思いは大切にしたいところだ。だからこそ。
「もう少しライラの言葉が聞きたい、かな」
親御さんがそれを良く思わないだろうと考えるなら、そこは相談し直す意味もあるから。そう返しつつ、反応を伺うプロデューサー。
そうでございますねー……、とライラがゆっくりと話を補足する。
父親がいつだって結果を求める人であること。そうして信頼を築いてきた人であること。故郷を離れて少なからず時間が経っていて、見せるならばやはり相応の「形」である必要が求められるように思っていることなど。言葉足らずな表現もありながら、しかしそれは偽らざる彼女の考えだった。
なるほど、と二人がそれぞれに反応する。
「ご両親のアイドルに対するイメージはどうなのかしら」
「きちんと魅力が伝わっているとは考えづらいでしょうし、微妙かもしれませんね」
ああだこうだと二人が言葉を交わす。ライラにとって二人の存在は改めて頼もしく、暖かなものとして映っている。
策を案じてくれること。最後まできちんと聞いてくれること。エトセトラ、エトセトラ。自分のためにこれだけしてくれることが嬉しくて、だからこそ、自分も向き合わなくてはならない、という気持ちがライラにもある。
ぺこり、と小さくお辞儀を一つして、彼女は再び言葉を続けた。
「ありがとうございますです。……ですが、これはわたくしの感じたことにすぎませんです。プロデューサー殿、チナツさん。どうしたらよいでしょうか、のアドバイスを頂けますか。そして、進めて頂けますか」
そう紡ぐ彼女の瞳は、複雑な気持ちを隠せずにいた。だが同時に、決意にも似た何かを帯びているようでもあった。
疑念は抱きつつも、判断できるほどの自信がない。だけど言えることを言わないのは、当事者としてどうなのか。自分のことだからこそ。そんな気持ちが綯い交ぜになっていたことがわかった。千夏にも、プロデューサーにも。
「丁寧な説明ありがとう、ライラ。しかもそこまで言えるなんて」
プロデューサーが彼女をそっと撫でた。優しい、いつもの彼の手だ。ライラはこの手がとても好きだ。
そんな二人を微笑ましく見ながら、千夏も口を開いた。
「……もう一本のライブ、いつだったかしら」
来月頭ですね、というプロデューサーの説明に、そう、ならちょうどいいかもしれないわね、と続ける千夏。
「ライラ。それまでに一つ、見せたいものがあるわ」
やっぱり納得して前に進んでほしいから。そう彼女は呟いた。どこか得意げな雰囲気を伴いつつ。
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