24:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:17:00.81 ID:FQVp12gN0
「お疲れ様。とっても素敵だったわね」
「ありがとう。そう言ってもらえると安心するわ」
ステージ終了後の楽屋。ラフな格好に戻りようやく一息つく千秋に、千夏から言葉が贈られる。「慌ただしいでしょうけど、できれば一声だけでも掛けておきたいから」ということで立ち寄ることにしたのだった。ライラも一緒に足を運んだ。
「お疲れ様でございました。とっても……とっても素敵でした」
「ふふっ、ありがとう」
本心からの言葉ではあるのだけど、どこかぎこちなさの漂うライラの挨拶。
「いろいろ、悩みは尽きないみたいね」
「はいです。……でも」
ライラが向き直る。
「チアキさんの歌に、ちょっとだけ勇気を頂けた気がします。ありがとうございました」
その瞳はとても綺麗で、千秋も思わず笑みがこぼれた。
「そう。そう言ってもらえるのは嬉しいわ」
連れてきてよかった、と千夏が添えた。そこからしばし三人で言葉を交わす。
ステージでの激情に満ちたパフォーマンスからは想像できないくらい、柔らかな空気が流れていた。なんだろう、ほっとする。そんな気持ちのライラがいた。
「そうだ、ちょっとこっちへ来て?」
そう言って千秋は楽屋を出て二人を付いてくるよう促す。慌ただしくスタッフの行き交う廊下を抜けてその先へ。
狭い通路の向こうには、さっきまでの壮大な世界の一端があった。光に照らされたステージ跡。もっとも既に片付けの最中で、大小様々な設備類がそこかしこでバラされていたけれど。
「ここにいたの、私は。ついさっきまで」
ステージの真ん中に立つ千秋。遠慮気味なライラの手を引き、ともに中央へ。観客席を向く。
「光り輝くステージに立って、己の力の限りの声を、高らかに、美しく発して、皆に届ける。言葉で表すとそれだけなのに、途方もないことだと思うわ」
私はここに立つと、ここまで来たんだという気持ちと、まだまだなんだという気持ちの両方をいつも抱くの、と千秋は語った。
「チアキさんでもそうなのですか」
ライラは驚いた反応を見せたが、もちろんよ、私だってまだまだ、と千秋は返す。
「でもそれは、ここに来たからこそ気づけたことでもあるの」
だから。
「だからライラさん、あなたも前に進んで。そしてステージに立って」
踏み出した先だからこそ見える景色はきっとあるから。
「今の場所で悩み続けても仕方ない時だってあるし、悩みながらも進まきゃね」
千秋はそう言ってるんだと思うわ、と千夏が補足する。
「私は少しだけ、ライラが最近悩んでいることを知っているけど……それはきっと、一つの答えに辿りつくには、もっともっと時間がかかると思うの」
あるいは、明確な正解なんてないかもしれない。だからこそ進みましょう。
「いずれわかるわ。あなたの悩みや考え、想い、そして行動。きっとそれ全てが答えで、それ全てがあなたなんだって」
そう語る千夏の姿はライラにとって、ステージ上の千秋と同じくらい雄大に映った。
「『過程の価値は今わからない。それでも人は努力する。それゆえ人は努力する』って」
そんな言葉があったわね。フランスの諺だけど。千夏は続けた。
「どんなに努力したってトップには立てなかったりする。誰もがナンバーワンなんて大仰よ。でも、だからこそ努力しがいがあるし、努力の意味はあるの」
「だからこそ、でございますか……」
言葉を噛み締めるライラ。
「あら、私はそれでもナンバーワンになるわよ?」
「フフ。千秋のそういうトコ、嫌いじゃないわよ」
皮肉っぽく割って入った千秋の言葉に、笑みを返す千夏。
ライラの方を向き、千秋が再び言葉を添える。
「頑張っていきましょう。お互いね」
周囲をどんどん頼ってね。私でも、一緒にいるみんなでも、千夏さんでも、プロデューサーさんでも。彼女はそう続けた。
「あなたは素敵よ。ライラさん」
その言葉は、その後しばらくライラを奮い立たせる力となった。
その日の夜、ライラはまた少し手紙を書き綴った。
けれどやはり、想いがまとまるまではいかず、それは再び机にしまうこととなった。
* * * * *
「お疲れ様です。ここにいたんですね」
「あら、何か呼ばれていたかしら」
翌日夜。レッスン室でひとり、ダンスを練習する相川千夏のもとにプロデューサーが訪れた。
「いえ、自主練をしていると聞いたもので、少し様子を見に」
「そう。ありがとう」
気にせず続けてくださいと言われたが、千夏は一息いれることにした。
「ライラの面倒をいろいろ見てくれて感謝しています」
「いいわよ。むしろ私こそ刺激になるわ」
汗を拭きつつ会話に応じる千夏。あの子は本当に素敵。私も頑張らなきゃって思わせてくれるわ。そう続けた。
「……私のことも気にかけて、ライラのサポートの話を持ってきてくれたのかしら」
そこは相川さんの魅力と実力を買ってのことにすぎませんよ、と返すプロデューサー。
相変わらずトボケるのが上手なんだから、と笑う千夏。心なしかご機嫌の様子だった。
「いい感じみたいでよかったです」
「まぁ、千秋のライブも観たところだし、ね」
「素敵でしたか」
「アレを観て奮い立たないわけがないでしょ、というくらいには」
見惚れるほどだったし、やっぱり悔しい気持ちもあるわ、と千夏は続けた。
「もっと私も、ってね。もちろん千秋は千秋、私は私。でも、だからこそ、私も自分にできることをやるつもり。……だから」
だから、よければ見ていてね。少し小さめな声で、しかしはっきりと彼女はつぶやいた。意気軒昂な千夏は珍しい。だからこそ、魅力にも信頼にも満ちているようだった。
期待しています、と彼。信頼関係が少なからず見え隠れする会話が、お互いにどこか心地よかった。
彼に対して明確に欲を見せる彼女は珍しいのだけれど、どこまでの意味があるのか、それがどこまで彼に届いたかは、お互いのみの知るところ。
プロデューサーが机に戻るとメールが一通届いていた。
先日会った、ライラのエージェントからだった。
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