ロード・エルメロイU世の事件簿 case.封印種子テスカトリポカ
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41:名無しNIPPER[saga]
2020/09/22(火) 20:30:10.94 ID:kGu0y7r00

          *

 覚醒はいつも唐突に訪れる。予告など無い。酸素を求めて水底から浮き上がろうともがき――やがて水面に到達するときの様な唐突さで、意識が現実へと回帰する。

 最初に目に入ったのは天井だった。木製。大雑把な梁と萱。工業製品にはない、手作り特有の素朴さと雑さが垣間見える。

 その端から下へ続く、やはり木製の壁は隙間だらけで、日の光が部屋の中へ差し込んでいた。視線を横に移動させれば、扉の無い出入り口から外の様子が見える。太陽はまだ低い位置にあった。

 どうやら誰かが運んでくれたらしい。自分は蔓だか草だかの編み物で造られた寝床に寝かされているようだ。

 だるさを振り払って、上半身を起こす。いや、起こそうとしたのだが、その動作はやんわりと横合いから差し出された手に制止された。

「……急に動かない方がいい、レディ」

「師匠?」

 差し出された手を辿っていくと、床に直接座り込んだ師匠がこちらをみつめていた。

 驚きでこちらが声を出すこともできない内に、てきぱきと脈を計ったり、魔術回路の調子を確かめてくる。こそばゆい感覚――フードで顔を隠しているときは、互いにここまで接近しない。今はペンダントの幻覚があるので、顔を見られる/見る心配もないからこその近さ。染みついている葉巻の匂いが鼻腔をくすぐる。

 何とはなしに全身の関節が強張る様な感覚を味わっていると、どうやら問題なしの診断がでたらしい。葉巻の匂いが離れ、こちらの背に手を添えて上半身を起こすのを手伝ってくれる。

「昨晩のことはおおまかにだが聞いている……君が無事で、本当に良かった」

「……師匠、もしかして寝てないんですか?」

 こちらを真摯に見つめてくる目元には、明かな疲労の色が浮かんでいた。

「……神霊と交戦した、などと聞いてはね。どんな後遺症が残ってもおかしくはなかった。神代の呪いの厄介さは有名だ。痛みや違和感は?」

「いえ、特には」

 こちらが応えると、師匠は緊張を解くように深く息を吐く。

「そうか……犠牲が最少で済んだのは幸運と言う他ないな」

 犠牲。

 その単語に胸が締め付けられる。脳裏に浮かぶのは意識を失う直前の光景。命の消失を可視化したような、黄金の獣が崩壊していく様相。

 ティグレ・ヤガー。犠牲の名前。もういない――太陽のようだった女性。


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