ロード・エルメロイU世の事件簿 case.封印種子テスカトリポカ
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3:名無しNIPPER[saga]
2020/09/21(月) 20:21:48.12 ID:amUbMXcr0

「うむ、シンデレラよ。死ぬ前にこの水を飲むと良いガオ」

「……あ、ありがとうございます」

 横合いから妙な訛りのある英語と共に差し出された、竹製の水筒を受け取る。

 差し出してきたのは、一言でいえば怪人だった。年齢は20半ばの女性で、顔立ち自体は整っているといっても良いだろう。

 だがその恰好は滅茶苦茶だった。妙にゆったりとした民族衣装のようなもの――化野菱理の身に着けている振袖に似ていたが、華美さは全くない――に身を包み、どうやら水筒と同じく竹で出来ているらしい棒のようなものを手にしている。竹を割って作った4枚の板を組み合わせ、それを皮や弦で固定した武器のようだ。柄尻でジャガーを象ったストラップが揺れていた。彼女はこれをバン・ブレードと呼んでいる。恐るべきことに、メキシコ空港からずっとこの恰好だった。

 ティグレ・ヤガーと名乗ったその女性は、師匠が魔術協会の支部伝に雇った現地のガイドらしい。だが褐色がかった肌色はともかく、顔立ちはここに来るまでに見た現地人のものとは違うように見えた。それこそ、自分の知っている中では菱理や蒼崎橙子に近いように思える。あくまで顔立ちは、という話で、人物としての印象はむしろ真逆だったが。

 もっとも、いまはそんなこと気にもならない。水筒の栓を抜き、水をあおる。自分で持って来た分の水は腰のホルダーに括りつけていたが、取り出す手間すら惜しい。こくり、と染み込ませるように少量を含むと、その清涼感に全身が打ち震えた。

「……す、すまないが私にも貰えないか」

 震える手をこちらに伸ばしながら、師匠。砂漠を数日間も彷徨った遭難者のような悲愴さを漂わせている。目線で水筒の持ち主に許可を求めると、どうぞどうぞと身振りで示してきたので手渡す。師匠はお礼もそこそこに、ぐびぐびと中身を喉の奥に流し込み始めた。

「イッヒヒヒヒヒ! 間接キスならお前が後の方が良かったんじゃないかグレいてっ!」

 背負ったザックのサイドから声。そこで揺れている、布で包んだアッドを肘で一度打つ。密林を歩くのに両腕は自由になっていた方が良いとの判断からこうなったわけだが、お仕置きに振り回される危険性が減ったことを悟ったアッドのおしゃべりは常に比べて酷くなっていた。肘打ちはこの密林に入ってからしばらくして見出した、現状自分ができる精一杯の反撃である。

 だがそれもそろそろ打ち止めだ。アッドの軽口を容認するのと、肘打ちに要する体力を天秤にかけ始めている自分がいる。この場所では、無駄な体力を使う余裕は本当にないのだとそろそろ実感していた。

 中米はユカタン半島の熱帯雨林。いわゆるジャングルの真只中に、自分たちはいるのだ。


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