高垣楓「あなたがいない」
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94: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/20(日) 22:10:51.56 ID:LTP9DQ6S0

「お出ししている薬で、気持ちが前向きになるものがあるじゃないですか」
「はい」
「それが効いてくると自然に、ちょっとなにかやってみようかな、と、やってみたくなる気持ちが出てきますから。それを待ってからでも遅くないと思います」
「そうなん、ですね」
「ええ」

 やってみたくなる気持ち、か。それを今の私が想像するのは、とても難しいことに思えた。
 なにかやることが決まっていて、それをやらなければならないとしたらできるような気がする。
 だが、やりたい、始めたい、と私からすすんでというのは。
 気の長い話に、めまいがする思いだった。

「もっと早く、そうなれればいいんですが」

 私は答える。そうでないと、事務所にもっと迷惑をかけることになる。

「もっと薬を増やせば、そうなりますか?」

 私は先生に尋ねた。

「いえ、そうはなりません」

 先生ははっきりと言う。

「薬はあくまでサポートです。どうしても心のことは、時間がかかるものです。まあ、特効薬があればね。もっと楽になれる人たちがいっぱいいるとは思いますけど」

 先生は残念そうに呟く。

「そう簡単には、いかないですね」
「……やはり、そうなんですね。残念です」




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