高垣楓「あなたがいない」
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89: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/20(日) 22:07:42.19 ID:LTP9DQ6S0

 マンションに戻る。夕食は途中のパスタハウスで軽く済ませた。
 コップに水を汲む。手には、処方されたミルナシプラン。薄褐色の粒を口に含み、水で一気に流し込んだ。
 これで、私はよくなるのだろうか。

 そもそも心の病と言っても、体の病と違って、目に見えて良くなる気がしない。
 そう思えば、社長さんが口にしていた昔の反応は、今でもあまり変わらないのではないか。つまり、うつは怠け病だ、と。
 私は決して、自分が勤勉だなんて思わない。
 むしろ働きすぎず、ほどほど働きよく遊べを体現していたほうだと、思っている。
 もっとも自分が、どう遊んでいたかをうまく思い出せないのだけれど。
 それも、薬で心のバランスが元通りになることで、思い出していくのかしら。とても気の長い話で、私はそれだけで挫折しそうな錯覚に囚われた。

 いけない、思考がネガティブになっていく。今日はもう寝てしまったほうがいいかもしれない。
 自分なりにやれることはやろうと、バスタブにお湯を張ることにした。
 緊張している感じがするなら、それを緩めよう。リラックス、リラックス。

 少しぬるくした湯船に長く浸かり、汗を流す。湯船から上がり身支度を調え、手に睡眠薬を取った。
 白くて小さな一粒。これですっぱり意識が飛ぶというのだから、なかなか恐ろしい薬だと感じる。
 ぱくっ。
 口に含むと薬はラムネのように溶け始めた。
 ……甘い。

 ああ、本当にこれはラムネのようだ。
 なるほど、これなら睡眠強盗に使えそうね、なんて不謹慎なことを思った。
 スマホでSNSをチェックすること三十分、急にぐらり、と視線が歪んだ。
 これか、こういう感覚なんだ。急激な眠気が襲ってくる。体には力が入らず、普通にしていたら倒れてしまうかもしれない、感覚。
 なるほど、覚えた。
 脱力した体を横たえ、私はベッドにもぐりこんだ。準備は万端だったし、大丈夫だろう。電気を消して。
 おやすみ、なさい。




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