60: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/18(金) 22:43:51.89 ID:QGubcxXe0
ペースダウンを余儀なくされたものの、負荷を軽くしたことが思いもよらず好循環を生む。
私の歌に鋭さが加わったと、評判が上がったのだ。果たしてそれは、本当に負荷を軽くしたおかげなのだろうか?
私には実感がなかった。
私は今までどおり歌ってきたし、なにも変えたところなどない。鋭さと言われても、それがなにを指しているのかさえ、見当もつかない。
「最近の楓さん、ずいぶん評判がいいですね」
「そうですか?」
「ええ。歌の力がさらに上がったと、収録スタッフからも驚きの声です。ほんと、私も鼻が高いですよ」
マンションへの帰り道、マネージャーがそんなことを言う。
「それは嬉しいですけど、あんまり実感がなくて」
「いやそれは、楓さんのレベルがさらに上がった、ってことじゃないでしょうか」
マネージャーはそう言うけれど、私にはどうしてもそう思えない。
まだまだ、私はもっと高みを目指さなくてはならない。私はまだやり続けなくてはならない。
私は。
「楓さん?」
「……はい?」
「どう、しました?」
マネージャーが、私を呼んだ。
「いえ、なんでも」
「いや、なにか深刻に考え事をしてたように見えたので」
「うーん、今日はなにを呑もうかしら、って」
「まあ命の水も、ほどほどに」
「ですね、ふふふっ」
お酒、か。そう言えばあれから、あまり美味しいって思いながらお酒をいただいていないなあ。
最近はなにを食べても、なにを呑んでも、あまり味を感じない。生きている実感がない。
車は、まもなくマンションへ着こうとしていた。
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