有栖川夏葉「トロピズム」
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5: ◆TOYOUsnVr.[saga]
2020/08/16(日) 14:45:04.32 ID:pO5Rz81k0



「ごめん。眠いよな」

ヘアピンカーブの連続なども物ともせず、山道を軽やかに下っていく彼の運転をぼんやり眺めながら、ふわぁと大きくあくびをしたところ、彼が眉を下げて、困ったような、それでいて慈しむような顔をする。

「私こそ、ごめんなさい。運転してもらっているのに」
「……もうちょっとで着くはずなんだけど」

 思ったより遠かったな、と申し訳なさそうに言いながら、彼はシフトレバーをローギアに入れる。鮮やかなコーナリングで以て、角を折れると一気に視界が開けた。

眼前に広がったのは、一面の金色。見渡す限りの向日葵畑だった。
陽の光を浴びて、風を受け波打つ金色の海に一瞬にして心を奪われた私と彼は同時に感嘆の声を漏らし、目を見合わせる。

「お返しって、これ?」
「ああ。了承を得ずに連れてきちゃって申し訳ないんだけど」

どうしてこの男はこうも自分に自信がないのか、と思わずにはいられなかったが、これも今に始まったことではない。
私はそれをさらりと流し、車が停まるや否や、すぐに降りて駆け出した。

「絵画みたいだ」

私に追いついた彼がぼそりと呟く。

「絵になる、じゃないのね」
「ゴッホが生きてたらたぶん夏葉を描いたはずだ」

言いながら、彼は鞄からごつごつとしたカメラを取り出す。
「撮ってもいいか」の声に「ポーズでも、視線でも、オーダーには応えるわよ」と返す。

けれども彼は「好きにしてていいよ」と言うので、それに従って私は思うままに向日葵畑を歩いた。

大きく一歩を踏み出してみたり、踵を軸にくるりと回ってみたり。
写真集を作ってもらうときのような心持ちで気ままにしているうちに、楽しくなってきた私は、やがてカメラの存在を忘れる。



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