2: ◆TOYOUsnVr.[saga]
2020/08/16(日) 14:42:06.65 ID:pO5Rz81k0
〇
ミュージックビデオの撮影のため、私とプロデューサーは田園風景が広がる田舎へと来ていた。
ぽつりぽつりと民家があるほかは、かなり先の山々に行き当たるまで見通せるほど一面に田園が広がっている。
最寄りのコンビニエンスストアは山を越えた先だと聞かされた時は、思わず笑ってしまったものだ。
そうした環境下での撮影は無事に終わり、私とプロデューサーは帰路についたわけであるが、そこからが問題だった。
空は澄み渡り、大きな入道雲が浮かぶ絶好の撮影日和ではあったけれど、あまりにも良い天気すぎた。
ほんの少し日向にいるだけで体力を奪われ、全身から水分が抜けていくような中で、スラックスとカッターシャツに身を包んでいたプロデューサーは私以上に疲れているに違いがなく、現にこうして私を上回る速度で飲み物を消費していた。
加えて、撮られる側である私はスタッフの人たちが何かと「有栖川さん」「有栖川さん」と飲み物や塩分、冷風機やら冷却スプレーやらで世話をやいてくれていたが、プロデューサーはそうではない。
だからこそ、彼の体調が心配だった。
けれども、そんな私の心配をよそに、プロデューサーはにこにことして「間接キス、ってやつか」とからから笑っている。
「せっかく私が心配しているのに、ふざけるなんて」
「あはは。ごめんごめん、でも大丈夫だから」
それに、と呟いて彼はゆるやかに車を減速させる。
果てしなく続くように思われた、変わり映えのしない風景の中に、ぽつんとバス停があった。
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