541: ◆Try7rHwMFw[saga]
2020/11/16(月) 20:26:19.18 ID:6z/X/rfuO
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食事が終わり、まずやるのは説法だ。それは旅先においても変わりはしない。
テルモンのユングヴィ教徒は皆敬虔だ。モリブスの不信心な連中とは違い、皆静かに聞いている。
そして水浴びをした後、身支度を整えて職務に入る。8の半刻。これもいつも通りだ。
職務はいつも、補佐のユリウスが持ってくる書類に沿って行われる。
まずは……彼女の様子を見ることからだ。統治府の4階の貴賓室に、彼女はいる。
「失礼しますよ」
「……はい」
彼女はただ窓際にたたずんでいた。
「お変わりは?」
「いえ、特に」
「そうですか。……『女神の雫』は」
「まだできません。あと、数日」
「分かりました。静かに待ちましょう」
貴賓室は整然と片づけられている。彼女は食事も何も必要としない。水と日光。それさえあれば生きていけるという。
彼女に感情はあるのだろうか。ふと、そんな考えが頭をよぎった。
彼女は、後数日すれば処刑される定めだ。
「女神の雫」さえ手に入ればいい、というわけではない。むしろそれは副産物に過ぎない。
彼女が生きていることは……いや、彼女が誰かと子を為すことは、大いなる災厄に繋がりかねない。
それは、150年前の教訓だ。そのことをユングヴィ教団はよく知っている。あるいは……彼女自身も。
「……怖くはないのですか」
「何がですか」
「死ぬことです。神に召されることを受け入れているということでもないでしょう」
一瞬、メディアの動きが止まった。
「……母なる大地に戻るだけですから」
……わずかな感情の揺らぎがあった。彼女を想う、あのゴンザレス家の青年が理由か。
それは、恋慕なのか。それとも……種を残そうという本能なのか。どちらにしろ、それは絶たれねばならない。
「そうですか。とにかく、お待ちしておりますよ」
部屋を出て、私は静かに息を付く。彼女の存在を早いうちに知れたのは幸甚だった。テルモンから急いで引き返した甲斐があったというものだ。
あと数日。あと数日でイーリスは救われるだろう。そして、未来の災厄も絶たれる。これを神に感謝せずして、何を感謝しようというのか。
笑みが思わずこぼれたのに気付き、私は咳払いする。次の目的地では、こんな表情は禁忌だ。
向かう先は、統治府の3階。そこには、もう一人の客人がいる。
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