287: ◆Try7rHwMFw[saga]
2020/09/21(月) 15:20:12.52 ID:MsiqRxPqO
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気が付くと、窓からは南国の強い日射しが差し込んでいた。時計はとうに正午近い。
でも、何かしようとする気力は、私にはなかった。恐らく、これからエストラーダ侯に彼女の最期を伝えなければいけない。それは彼にとっても、私にとっても……あまりに辛いことになるだろう。
ノックの音がした。私はそれを無視した。
「俺だ」
魔王だ。今、一番会いたくない相手だ。
「……」
「……すまなかった」
何を詫びているのだろう。今更遅い。
黙っている私に、魔王はドア越しに話し続ける。
「俺は、お前とファリス・エストラーダとの間に何があったか、知らない。
だが、お前の事情も……もう少し聞くべきだった。俺の選択が間違っていたとは思わないが……しかし、一方的に決めてしまった」
「……あなたは、何がしたいのよ」
沈黙が流れた。
「……お前の力を借りたい」
「はあ?」
「そんな気分ではないだろうことは、分かっている。ただ……異常事態が起きた。ロペス・エストラーダが、家ごと消えた」
私は思わず跳ね起きた。泣き腫らした目のまま眼鏡をかけ、ドアを開ける。魔王は、険しい表情でそこにいた。
「……何ですって?」
「ついさっき、報告があった。詳しいことは分からないが、とにかくエストラーダ邸が文字通り消えた。
何があったかを探るには、お前の『追憶』が必要だ」
呆気に取られる。……それって、まさか。
魔王は、私が何を言おうとしているのかを察したかのように頷いた。
「そもそも妙だった。なぜファリス・エストラーダがお前を狙っていたのか。
恐らく、ロペス・エストラーダに他国からお前の討伐依頼が来ていた可能性は高い。もし、その依頼者が彼女のことを知っていたら?」
「あっ……!!」
ランパードさんは、他国からの討伐隊がモリブスに集まり始めていると言っていた。
彼らが「クドラク」を使って、私を殺しに来ていた可能性は……ゼロではない。
魔王は頷いた。
「ファリスが消えた翌日すぐに、エストラーダ侯に異変があった。偶然にしては、あまりに出来過ぎている。
恐らく、彼女は……あるいはエストラーダ侯は監視されていた。そして、クドラクが消えたと見るや否や、エストラーダ侯は用無しとして『消された』」
「それじゃ……ファリスさんは」
「一連の暗殺は彼女の意思によるものだとしても、昨日の襲撃はそれだけではない可能性がある。つまり、黒幕がいるかもしれない。
『クドラク』が死んだことで、そいつはファリス・エストラーダが生きていた証を根本から消そうとしている」
私は戦慄した。……ファリスさんは、ただ利用されていた?
魔王は少し目を閉じた後、話を続ける。
「都合のいい奴だと思うかもしれない。お前は、俺を許せないと思っているかもしれない。
だが……ファリスが哀しい存在だったという認識は、俺にもある。だから……」
彼は言葉を探しているようだった。
彼の決断に、納得したわけではない。ただ、このままだと……ファリスさんは、あまりに救われない。
私は彼の目を見た。
「……やるわ」
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