47:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 18:24:41.35 ID:n4MKx+790
「私、天然だってよく言われるんです」
知ってる、と、マイクパフォーマンスに答えるようにレスポンスが飛んで、会場が笑いに包まれる。だけど、そこに侮蔑や嘲笑は一切ない。裏方から客の姿は見えないけれど、一つに溶け合って聞こえてくる笑い声は色とりどりだけれど、皆、温かなものに感じられる。
皆、ずっと待っていた。愛梨が帰ってくることを。このきらめく舞台で歌うことを。
いくつもの優しさに、何物にも代えることの出来ない幸せに包まれて、愛梨はフィナーレを謳う言葉を噛み締めるように紡ぎ上げていく。
「あはは……そうですよねっ、だから……今まで私、色んな人に支えられてきました。きっと何回ありがとう、って言っても足りないってわかってます。だけどずっと、それを返そうって思って、今日まで頑張ってきたんです。正直、今もそれができてるかどうかはわからないです。でも、泣いても笑ってもこれが最後ですから、今、この会場に来てくれている皆にも、それから……ライブビューイングで見てくれている皆にも、来れなかったけど、私を応援してくれる人にも、そうじゃない人にも、皆に届くように、精一杯に、私の全力を、全部の愛を込めて、歌います!」
――それが、愛でしょう!
いつか聞こえた、優しいアコースティックギターの旋律が会場を、そこから飛び出して、カメラの先にある映画館のスクリーンを、それすら追い越して、世界を、この星全部を包み込むように響き渡る。
最後を飾るのに選んだ曲がカバー曲だというのも、異端な話ではあった。それでもどうしてか、愛梨のフィナーレを飾るなら、これしかないというのは、しょっちゅう意見がぶつかり合った演出家も、企画を通してくれた上層部も同じだった。
そして今、ここまで歩いてきた軌跡が、奇跡に変わってステージで弾ける。きっと、いくつもの想いと光が作り出す虹に包まれて、いくつもの声に、いつだって彼女を支え続けていた見えない手に背中を押されて、他の誰にも代えることの出来ない愛梨の、愛梨だけの歌が高らかに響く。
その歌声を、そして、すぐ側に近づいてきた終わりを想いながら考える。愛梨とのこと。辿ってきた足跡のこと。そして、きっとここからどこかに繋がっていく何かのこと。
天海春香が歌った歌が十時愛梨に引き継がれてここにある。もしかしたら、このステージを見ている誰かの中に、見ていない誰かの中に、この歌を、そこに込められた想いを引き継ぐ誰かがいるのかもしれない。
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