十時愛梨「それが、愛でしょう」
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31:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 18:09:04.09 ID:n4MKx+790
 その話を愛梨から聞いたときは、ひどい雪が降っていたことを覚えている。
 首都の道路に積もった雪を、無数のヘッドライトとテールライトが照らしていると書けば少しは風情がありそうなものだけれど、生憎風情より何より、遅々として進まない車が列を成している苛立ちが、時折クラクションになって聞こえてくる殺伐とした夜のことだった。
 僕もわざわざクラクションを鳴らしたりはしないけれど、例に漏れず、少しだけ苛立っていた。進んでいくのは気晴らしにつけているカーステレオから流れるラジオばかりで、車の列は何分経ってようやく一メートル進むか進まないかという有様に、怒りを感じるなという方が無理な話ではあったけれど、ささくれ立った感情の大本がそこにはないことぐらいは理解していた。

『それではここで一曲お届けしましょう、天海春香で――』

 ラジオを垂れ流すステレオの中身が、今もトップアイドルの名を維持したままに活動を続けているアイドルと、その歌声へと切り替わる。
 ああ、覚えている。その時、僕は反射的にチャンネルを変えようとした。アイドル。そして、トップアイドル。思い返せば苛立ちの正体は焦りで、その原因はそこにあったのだから。
 だが。

『いい歌ですよね、春香さんの曲』

 僕の苛立ちを理解していたのかしていないのかはわからない。それでも、チャンネルを変えるなと言っているかのように、愛梨が唐突に沈黙を破ってそう言ったのだ。
 ラジオからは、アコースティックギターが奏でるイントロが流れ出したばかりだった。それだけで曲の良さが判断できるなら苦労はしない。
 だから、僕が返した言葉は怒りとか呆れとかより先に、純粋な疑問だった。

『愛梨は、この曲を聴いたことがあるのかい?』

 確か聞き間違いがなければ、番組の中で天海春香は新曲だと、そう言っていたはずだ。
 それとも本当に聞き間違えていて、本当は二年、三年前に発表されていた曲なのか。どっちにしても鈍っているな、と、自分のアンテナがここ数年で結構錆び付き始めていることに違いはなかった。


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