黒埼ちとせ「メメント・ウィッシュ」
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25:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/11(木) 20:03:05.75 ID:fM9nM/xA0
 それでも。
 それでも、そんな夢みたいな奇跡がこの世界にも転がっていることを俺たちは知っている。

 天海春香がアイドル・アルティメイトの舞台に立った時、観衆の反応は明らかに冷ややかなものだった。テレビの前で見ていた奴らの中にも、無名の事務所の売り出し中とはいえよくわからないアイドルが画面に映ったとき、チャンネルを変えようとしたのはきっと少なくないはずだ。
 それでも、天海春香は奇跡を手繰り寄せた。彼女が話す言葉が、歌い上げた歌詞が、私を見ろと、天海春香はここにいると、そっぽを向いた人間の首根っこをひっつかんで、無理矢理彼女の方へと振り向かせたのだ。
 そして、彼女の両手には優勝トロフィーが収められ、メディアはそれを奇跡だと、日高舞の再来だと呼んで、昨日まで目もかけていなかったくせに無責任にはやし立てた。
 だけどそれは、本当に何もない場所から湧いたものなのだろうか。そうじゃなければ突然、天から降ってきたものなのだろうか。
 答えは否だ。天海春香がトップアイドルと呼ばれるまでに、きっと彼女はいくつもの挫折を繰り返し、歯を食いしばって、突き立てた爪から血が滲んでも、この世界の壁を登り切ることをやめなかった。それが、奇跡を手繰り寄せたのだろう。
 勿論、全部が全部そうなるなんて思っちゃいない。天海春香と同じだけの努力をすれば、人は天海春香になれるのか。その答えも、同様に否だ。

「俺は……正直に言おう、君が本当に明日にでも死んでしまうかもしれないなんて、思ってなかったんだ」

 いつもの冗談で、本当を薄めた軽口だと、そう思っていたんだ。
 勿論、ちとせの体が常人よりも弱いということは理解していた。だけど、眼前に迫った死を冗談めかしてでも口に出せるだろうかと考えたとき、俺はできないと決めつけてしまっていた。


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