2:名無しNIPPER[saga]
2020/06/11(木) 19:36:09.35 ID:fM9nM/xA0
担当アイドルがぶっ倒れた。
寝耳に水、青天の霹靂。辞書でも引けば、いくらでも現状を表す言葉は出力されそうなものだが、生憎それ自体はあまり珍しいことではなかった。
担当アイドルが倒れることが珍しくない、というのも考えてみれば妙な話だが、俺が担当している彼女――黒埼ちとせは、極端に身体が弱い。
どこまで本当かはわからないが、時に自分が、まるで余命幾ばくもないかのように振る舞うことも珍しくなかった。だからこそ、専用にレッスンのメニューを考えたり、スケジュールを調整したりとあれこれ奔走して、何とか彼女がステージに立てるぐらいには体力を付けるように取りはからっていたはずなのだが。
走馬燈のように浮かんでくる景色をぬぐい取るように頭を振って、走る。走る。
人でごった返す真夏の雑踏を駆け抜けて、連絡があった病院へと俺はただ足を動かしていた。
ちとせが救急車で搬送された。その連絡が飛び込んできたのは、丁度、彼女に関わる企画の打ち合わせで事務所を留守にしていたときの話だ。
正直なところ、何の冗談だと、そう思った。
頭の処理が追いついていない。電話口から聞こえる彼女の従者であり、アイドル――白雪千夜の声が、いつになく必死だったのも、現実感のなさに拍車をかけていた。あの千夜が。まるで子供のように、助けを求めるかのように、電話口で金切り声を上げている。
そんなこと、信じられるはずもないだろう。まるで、明日が来るのが当たり前であるかのようにあいつは冷静で、いつ何時も揺らぐことなく、淡々と喋っていて。
だから、ちとせだってそうなんだ。いつも通り意味ありげなことを、どこか挑発的に唇に乗せて、最後には小さく笑っている。
息を切らして病院の受付に飛び込んだ今だって、そんな御伽噺を信じてみたくなってしまう。壮大な冗談か、何かの間違いであってほしいと願ってしまう。
現実逃避をしようとしていたのだろう。そんな俺の甘さを粉々に打ち砕くかのように、面会した医者から告げられた事実は、千夜から貰う小言よりも鋭利で、冷たく、そして煮えたぎるような絶望を含んでいた。
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