13: ◆ncieeeEKk6[sage saga]
2020/05/19(火) 17:52:03.23 ID:U1swVBcn0
劇場に常備してあるコーヒー豆は浅煎りのようだ。パッケージにそう書いてある。
「ということは……やっぱりお湯は90℃くらいがいいみたいです」
と、麗花がスマホを見ながら言った。ディスプレイにはコーヒーの淹れ方についてまとめたサイトが表示されている。
「よし、じゃあ淹れるか」
「淹れましょう!」
とは言っても、お茶のときとは違ってこちらから何かすることはない。劇場には豆を挽くところからドリップまで全自動でやってくれるコーヒーメーカーが設置されているのだ。おそらくあるはずの難しい手順を踏む必要はない。ただ豆を入れて、水を入れて、そしてカップを2つ置けば後は待つだけでいい。手順について麗花とあれこれ話すこともない。
豆が挽かれ、抽出され、コーヒーとして出てくるまではあまり待たなかった。
「いただきます」
麗花と乾杯をして、カップを口に運ぶ。香りを楽しんでから飲むと、苦味というよりはすっきりとした酸味が口の中に広がる。眠気覚ましに飲むようなとびきり濃いものではないので、麗花も飲みやすいのではないだろうか。
「どうだ?」
「……美味しい、かもしれません」
麗花は首をかしげながらちびちび飲んでいる。その姿に昔の自分が思い起こされて、少し笑ってしまった。最初はそうだった。「どうしてこんなものを」なんて思いながら、どうにか飲めるように試行錯誤を重ねる。砂糖を入れたり、牛乳を入れたり、コーヒーフレッシュを入れたり、あるいは単に味に慣れたりして、いつの間にかコーヒーをよく飲むようになっていく。あんなに必死になっていた理由は、コーヒーを飲むドラマの主人公に憧れたから、だったような気がする。
……麗花の理由はなんだろう。今まで飲んでこなかったコーヒーを、どうして今になって飲もうと思ったんだろう。気になったけど、結局聞かなかった。麗花の行動には深い意味がある場合となんの意味もない場合がある。今回はきっと後者だ。
だから、実際に口にしたのは他愛もないことだった。
「お湯の温度、調整できなかったな。機械が全部やってくれたもんな」
「ふふっ。そうですね」
「楽しそうだな、麗花。ちゃんと試せなかったのに」
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