36:名無しNIPPER
2020/05/05(火) 20:00:15.23 ID:XnGtX3Tv0
「ほら、書けた!」
玉露のように瞳を輝かせ差し出すそれに
『周子』
名が刻まれていた。
「これは……?」
「シューコはんの名前!今日からシューコはんは、周子はん!」
ありふれたただ一枚の葉になぞり掘られただけの文字
主脈を挟んで両隣に並ぶ二人の名前
薄緑に傷をつけ黒く変色させただけのそれが
「……くれるん?」
「うん!周子はんに持っててほしい!」
ただそれだけのことが、輝いて見えた。
「いっぱいいろんなもの見てきて、たくさん知っとって、細かいとこもきちんと見えとって気が利いて、うちが困ったら助けてくれる……そんな周子はんにきっとぴったりやと思う!」
かつてその姿を恐れた者がいた。
その存在を疎み憎み蔑んだ者もいた。
畏れなどとは程遠く、ただ嫌悪と恐怖から遠ざけようとした。
当の本人達はもういない。
しかし、そうせねばならぬ、そうあるべきという観念だけはこの世にこびり付き残り続けた。
復讐の化身たる狐の本質は彼女の根源から消えることはない。
それでも
人として接し、人としてこの世に在ってほしいと願う者がいる。
それはたった一人でも、無自覚の術であったとしても、その願いは本物であった。
それだけで十分だった。
憎み苛立ちすり潰す対象であったはずのそれらが紡ぐ些細で膨大で愛しい連鎖。
遠くからただ眺めるだけだった。
どんなに望んでも永遠に手に入らないはずだった。
それが今、自らの元に訪れた。
羨み、渇望し、そしていつしか諦めた。
それが今、
「周子はん?」
伸ばした手の先がぼやけていく。
紗枝の小さな手が霞んでしまう。
そうか、こう見えるのか、と。
生まれて初めてやっとわかった。
「どこか痛いん?」
「いいや……きっと雨が降っただけや」
「こないに晴れてるんに?」
「珍しいよな……あたしも初めてや」
こんな時でも笑ってくれる
こんな自分にもそれがよく見える
「うち知っとるよ、狐さんの嫁入りや!」
「あぁ……そうやね……」
悲しみのそれなど流すはずがない。
何故ならこれは
「きっと……そうや」
狐の嫁入りなのだから
58Res/98.34 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20