周子「だから、あたしが逢いに往く」
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29:名無しNIPPER
2020/05/05(火) 19:49:48.60 ID:XnGtX3Tv0


 紗枝は帰り着いたその後に今日の出来事を思い出していた。
 風呂桶の中で肩まで浸かって天井の板の目を見ながらシューコの言葉を脳内で反芻する。
 帰りの別れ際まで不機嫌な態度を取り続けてはいたが、実のところはそんなに怒ってなどいなかった。
 自身のことを想って諭してくれていたのは伝わったし、最後の方は正直言うとただ構って欲しかっただけだったのだ。
 飄々とした話し方をすることが多いが、それでもこうしてきちんと向き合って言葉をかけてくれる。そのことが嬉しかった。

「うちなりの方法……かぁ」

 シューコに言われたとおり、自分なりのやり方でなりたい自分になるしかない。
 それ以外の方法など取りようがないのだから。そしてそれは結局自分で見つけるしかないのだ。
 この結論をそのまま言おうと思えば言えたはずだがシューコはそうしなかったし、しないであろうことも紗枝は分かっていた。
 そういう人なのだ。

「ほんと、大人やなぁ……」

 どうしてそこまでしてくれるのだろうか。
 大人だからなのだろうか。
 自分も同じくらいの年齢になる頃にはあんな風に誰かのために話をしてやれるだろうか。
 そんな思いが浮かんでは、湯気と共にどこかへ溶けていく。
 なんだか、のぼせてしまいそうだった。

 風呂桶の縁から肩を出して、両手でうつ伏せにもたれ掛かって、流れていく湯を目で追って。
 雫がいつしか滴り落ちて、床の勾配に従って、大きな雫に混ざり合って、そのままどこかへ吸い込まれていく。

「命って、こんなんなんやろか……」

 目にしたことがあるわけでもない。
 耳にしたことがあるわけでもない。
 それでも、そんなことを考えてしまう。
 
 シューコだったらどう考えるのだろうか。
 どんな言葉をかけてくれるのだろうか。
 こんな時にもその姿が浮かんでしまう。

 けれどいつまでも頼ってはいられない、紗枝は自分にそう言い聞かせる。
 そもそもの悩みの大元はやはり“あれ”なのだ。
 あの日書庫で偶然見つけてしまった
 小早川家に関わる話だった
 この国の成り立ちにも関係ある話だった
 そして何より、すでに終わった話だとも思えなかった。

 最初は母に訊こうと思った。
 何でも知っているのだから、厳しいけど優しい人なのだから。
 でもそれ故に、これを訊いてしまったら今までの関係ではいられなくなってしまうのではないか、そのことが怖かった。

 それでも今はもう違う。
 隠している、話していないからといって愛していないなんてことはない。
 きちんとこの名を受け取ってそれを好きになれたのだからと、そう思えた。
 訊いたら最後、今までのような親子関係ではいられなくなることもない。
 ずっと見てきた理想の将来像ならば必ず助けてくれるのだからと、そう思えた。

 それなら、これは自分の問題なのだと紗枝は再び言い聞かせる。
 幸い母は今日は家にいる。
 ならばやることは一つだ。
 
 今日こそ母にきちんと訊いてみよう、そう思った。



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