周子「だから、あたしが逢いに往く」
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17:名無しNIPPER
2020/05/05(火) 19:19:46.98 ID:XnGtX3Tv0


「ねぇ、紗枝ちゃん」

 腰を上げて、紗枝の正面、再びしゃがんで、顔を見上げて

「名前ってね、ほんまに大切なんよ」

 シューコがぽつりと口にする。その手は紗枝の頭に乗せたまま。
 
「……シューコはん?」

「紗枝ちゃんがこうしていい子に育ったんもね、きっと名前に込められた想いあってのことなんよ」


 そう言ってシューコは微笑みかける。
 当然、名付けだけが紗枝を形作る要素ではないことはわかっているが、シューコとしてはこれ以上ない程の実感を伴う言葉だった。
 紗枝の頭の上に疑問符が浮かぶ様子が見えるようで少しおかしくなってしまうが、まだ齢十かそこいらなのだから仕方ないのだろうと思う。
 自分とは明らかに違うのだ。

「せやろか……?」

「言葉には魂が宿るって昔からよく言うやろ?」

「うーん……婆やが言ぅとった気がする」

「式神喚ぶんも結界張るんも誓いを立てるんも、全部どこかしらに言葉があるやろ?声に出したり文字にしたりといろいろやけど、結局は同じく言葉や。この世界はな、想いと言葉が渦巻いとる。人間だけやない、この世全部や。」

「お札とかならわかるけど……名前までそうなん?」

「むしろ元祖や。この世で一番古くて身近で目立たんこともあるけど、ある意味一番強い術……それが名付け」

「せやったら……せやったらこの葉っぱも名前付けたらなんか変わるん?」

「紗枝ちゃんが強く思いを込めたら、やけどね」

「うーん……」

 あまり納得いっていないと顔に書いてあるようで、そんな紗枝を見てシューコは、まだ難しいかな?と笑いかける。
 
「紗枝ちゃんはさ、自分の名前好き?」

「うん、好き!」

 なるほど、屈託ないとはこういう顔を言うのだろう。
 
「なーんも考えんとテキトー付けたり悪い意味にしよう企んだりした名前やったら、そないに好きになれるわけあらへんやろ?」

「……!」

 想いを籠めて名を贈り、誇りと共に受け入れる。細やかでいて膨大な連鎖。
 この都に産み落とされてから今日に至るまでシューコは幾つものそれを見てきた。
 ありふれているはずでそれでいて代えがたい幸福。
 大多数にとって身近過ぎるこの奇跡の尊さを、誰よりも、誰よりも
 
「そっか……うん、そうやね」

 それは流れゆく雲の裂け目から日が覗くように。
 思考も、表情も、胸の奥の不安の種も、そこに光が差すように。
 雨上がりの境内に心地よい風が吹く。
 今日は、いい天気だ。

 




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