11:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 22:40:00.00 ID:z07AMiQQO
そんな風に窓の外を眺める紗夜を遠巻きに見つめる影がふたつあった。名もなき生徒会役員と風紀委員である。彼女たちの思いは同じだった。
――いつも凛々しくまっすぐ未来を見据えるその眼差しが、今日はどこか遠くへ向けられている。ちらりと窺える横顔には愁眉。きっと何か貴い物思いに耽っているに違いない。昨今の世界情勢だろうか、貧困に喘ぐ国の子供たちの未来を憂いているのだろうか、それとも、わたくしたちのような下賤の身では到底思い至らない宇宙の真理に想いを馳せているのだろうか。風にそよぐカーテンと揺れる陽射しに照らされたその姿は、まるで一枚の絵画だ。イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢にも負けず劣らずの肖像だ。ガールズバンド時代が生み出した高貴な青薔薇の花……ああ、なんて素敵なんだ。それを手が届きそうな距離から見守れる以上の幸福がこの世界にあるだろうか? いや、ない。あるわけがない――なんて、そんな風に紗夜の姿に見惚れて、やんごとなき憧憬と尊敬と情熱を込めたため息を揃って吐き出す。
12:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 22:40:50.86 ID:z07AMiQQO
だけど紗夜の頭にあるのは自分対ラーメンの様相だった。ネギととろろとチャーシューを率いたラーメン軍の一大決戦。天下分け目の関ケ原である。
いっそもう、行ってしまおうか。
13:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 22:41:27.47 ID:z07AMiQQO
とうとう紗夜はラーメン軍との和睦を果たした。するとどうしたことか、先ほどまでやけに重たかった頭も肩も一気に軽くなった。その勢いのまま、机に広げた書類をやっつける。
兵は神速を尊ぶ。善は急げ。思い立ったが吉日。兵法の基本だ。風林火山だ。古代中国の孫子の兵法だ。
14:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 22:42:12.84 ID:z07AMiQQO
『はぁー……やっぱ書類仕事ってすげー肩が凝りますよね』と伸びをする市ヶ谷有咲。
『ええ……ゲームや読書をしている時も……』と困ったような笑顔を浮かべる燐子。
15:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 22:42:52.19 ID:z07AMiQQO
「…………」
座ったまま姿勢を正す。顔だけを真下に向ける。特に何にも邪魔されることなく机の書類が見えた。
16:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 22:44:08.08 ID:z07AMiQQO
そうは思うけれど、それでも一抹の悲しさが紗夜の寂しい胸中に去来する。
でも、泣くことならたやすいけれど、悲しみには流されない。流されてたまるものか。
17:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 22:45:10.44 ID:z07AMiQQO
午後四時を過ぎたころ、花崎川商店街は活気に満ちていた。
昔ながらの個人商店が並ぶ通りには、夕飯の買い出しだろう主婦や、制服姿のまま買い食いや寄り道に勤しもうという若人たちの姿がたくさん見受けられる。
18:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 22:45:47.77 ID:z07AMiQQO
その軽快に弾むメロディに乗って、紗夜の行軍は続く。
もう迷うことはないけれど、それでも彼女の胸には小さな悩みの種があった。
19:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 22:46:18.19 ID:z07AMiQQO
……まぁ、そうは言っても、商店街でエンカウント率アップする人物ならその数は限られてくるわね。
手を繋いで微笑み合いながら歩いている女子高生ふたりとすれ違いながら、紗夜は頭の中に知り合いの顔を浮かべる。
20:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 22:46:44.79 ID:z07AMiQQO
考えていても仕方ないわね。紗夜は羽沢つぐみを頭の隅に押し込めて、別の人物の対処法を思案する。
北沢さんは純粋だから「これからご飯を食べに行く」とだけ言えばいい。余計なことは聞いてこないだろう。
山吹さんは青葉さんと同じくエアリード能力に長けているタイプだ。それとない雰囲気を匂わせればすぐに察してくれる。
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