17: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2020/02/10(月) 01:00:19.46 ID:CDwt0mRk0
その声が、声たちが、いったい何についてぼくへと奔流を浴びせかけているのかわからなかった。やってしまったという後悔も、みんなが注目してくれているという昂揚もそこにはない。起き抜けの頭は火花が散るばかり。
そうして次第に明晰していく中で、ようやくぼくは気付いたのだった。
どうやらあの日の主張はボツにはならなかったらしい。
18: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2020/02/10(月) 01:01:05.60 ID:CDwt0mRk0
スマホはしつこく鳴っている。
正直、このまま電源を落として、布団被って、寝たい。惰眠を貪りたい。ぼくのせいであって、ぼくのせいじゃないのだと、世界のすべてに叫びたい。
だってそうだ。そうじゃない? ぼくはアイドルへの愛を叫んだだけなのだ。そりゃあ確かにちょっと批判みたいなことはしちゃったかもしれない。でもそれは愛ゆえであって、決して喧嘩を売ったわけじゃあない。
19: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2020/02/10(月) 01:01:34.09 ID:CDwt0mRk0
「ううぅ……」
シャツの裾を掴む。
世界は針の筵だ。その中にあって、掛布団だけが、なによりも優しい。柔らかくぼくを抱きしめてくれる。
20: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2020/02/10(月) 01:02:57.75 ID:CDwt0mRk0
絶望していてもお腹は膨れない。し、冷蔵庫だって満たされない。とりあえずコンビニへと選択をするのは現代人の美徳。
手櫛で髪を梳く。桃色と水色のコントラストがちらつく。もちろんすっぴんのままにぼくはお日様の下へと躍り出た。
「よぉ」
21: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2020/02/10(月) 01:03:25.00 ID:CDwt0mRk0
「……燃えてる?」
恐る恐る尋ねる。いつものような炎上騒ぎなら、Pサマのお小言と拳骨だけで済んでいる。そうでないということは、……そうでないということなのだ。いつものような炎上騒ぎではないという。
22: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2020/02/10(月) 01:04:17.98 ID:CDwt0mRk0
「謝らなくていい、堂々としていろ。……いや、たまには謝ったほうがいいか」
そうしてぼくの頭へと、まだ値札も切っていないキャスケット帽をぽすんと乗せる。えせ鼈甲縁の伊達眼鏡も一緒に手渡された。
23: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2020/02/10(月) 01:06:04.34 ID:CDwt0mRk0
* * *
ぼくの生活は途端に輝きを帯び始めていた。光の粒子を纏い始めていた。
ぼくの自覚の薄いままに。
24: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2020/02/10(月) 01:07:04.11 ID:CDwt0mRk0
アイドル論ならいくらでもある。尊さなら何時間だって語れる。画面の、電子の海の向こう側で、いろんなひとがアイドルオタクであるぼくを心待ちにしている。
ぼくの論陣は辛口で舌鋒の鋭さが売りだ。オリコン1位だろうがベテランだろうが、決して阿ったりはしない。かといって実力が全てってわけでもない。笑顔。情熱。汗と輝き。ぼくたちに勇気や感動、夢や希望を与えてくれる――いや、寧ろ彼ら彼女らはそのものの具現でさえあるんじゃないか。
だからアイドルとはまさしく偶像で、ぼくたちの誰しもが羨んでやまない理想の姿で……なによりも尊い。
25: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2020/02/10(月) 01:08:59.42 ID:CDwt0mRk0
それはバズりとは違っていて、ましてや炎上なんかではあるはずがなくて。……そう、膨らんだ風船に近い。萎んだぼくへと誰かが無理やりに空気を注入している。次第にぱつんぱつんになるぼくのことなど見向きもしないで。
誰もが娯楽を探している。眼をぎらぎらさせながら、狙っている。いっときでいいから盲目的に盛り上がれる何かを。
それがたまたまぼくであったというだけ。
26: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2020/02/10(月) 01:10:22.81 ID:CDwt0mRk0
眠かった。脚も痛かった。ロケ弁は美味しかったけど毎日じゃあ飽きるし、とにかく待機時間が長いのが退屈だった。不意にカメラを向けられてもいいように、つねに笑顔だから表情筋も凝る。
ちょっと前のぼくなら辛さや大変さに逃げ出してしまっていただろう。ぼくはまだまだダメ人間だけど、ダメ人間のままではい続けられない。それがわかっただけでも、ちょっとばかりの収穫、かな?
それでいてぼくは、……残念ながら、ダメ人間ではあったけれど、ダメ人間なりには利口だった。
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