80:21/27 ◆KSxAlUhV7DPw[sage]
2020/02/04(火) 21:00:00.53 ID:ldlfMP+C0
褒められた人間のする表情にはとても見えない千夜だが、お世辞と取ったりしないだけマシにはなっていた。
いや、そうではない。自己評価の低い人ほど誉め言葉を素直に受け取れず、何か裏があるのだと勘繰る傾向にあると聞いた覚えがある。
千夜の場合は自己評価が低いどころか無だった。無の場合はどうなってしまうのだろう。
「……お前にはそろそろ、手の内を明かしてやるとします」
「え、なにそれ」
「私が何をお嬢さまから持たされているのか、気にしていたでしょう」
「あー……いいの?」
別に教えてくれなくてもちとせと千夜に手は出さないし、誰かに出させるつもりもないので、手放しの称賛に対する対価としては釣り合わない。ただ今までのことを考えれば、対価として受け取っておくほうが千夜もやりやすいだろう。
円滑な会話のためにも、大人しくその手の内とやらを明かしてもらうことにした。
「実際何を持ってるんだ?」
「スプレーの類は……いいか。防犯ブザー、スタンガン、ボイスレコーダー、盗聴器発見器――」
「ちょっ、待った待った。そんなのまで持ってるの?」
途中から女性の護身用に持ち歩かせるものという趣旨から外れていっている。防犯グッズには変わらないのだが。
「もちろん常に携帯しているわけではありません。お嬢さまもどこまで本気なのやら」
「ふぅん…………あの、スタンガンって、今持ってる?」
「そこは……伏せておきます」
「何でだよ! 嫌なこと聞いちゃったじゃないか!」
「……ふふ。冗談です」
怯えるプロデューサーを横目にくつくつと笑う千夜。笑い方こそ気になるが、確かに千夜は笑っていた。
スタンガンを受けるとこのぐらいの衝撃で済むのだろうか。食い入るように見ていると千夜もその視線の意味に気付いたようで、顔を見られまいと反対側を向かれてしまった。
「……今、笑ってたよな?」
「幻覚だ」
「いやいや、絶対笑ってたって!」
「そういうことにしないと気が済まないのですか?」
「済まないというか、なんというか。俺の前で笑ってくれたなら、嘘でも嬉しいよ」
笑顔を見せてくれるようになっただけで、距離が縮まった気になれる。アイドルとしてファンに笑顔を向けられるようになれば多くのファンも喜ぶだろう。
ちとせだけが知っている千夜の笑顔を取り戻せたら――その時は、誰よりもちとせが喜んでくれるに違いない。
などと考えていると、やれやれといった感じで千夜が溜息を吐いた。
「私は私以外にはなれない。仮にお前の前で笑っていたとしても、それはきっと、私なのでしょう。嘘だと思いたいならそれでも構いませんが」
「ははっ、素直じゃないな」
「従順な私をお望みで?」
「いいや、このままでいい。千夜の好きにしてくれ」
「そうさせてもらいます。……これからも、ずっと」
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