白雪千夜「私の魔法使い」
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72:19/27  ◆KSxAlUhV7DPw[sage]
2020/02/04(火) 20:49:19.45 ID:ldlfMP+C0
 寝間着の上に何かを羽織っただけのちとせの姿は、もはや主しか見えていない千夜の影にほとんど隠れている。部屋から一緒に出てきた人がかかりつけの医者だろう。

 ちとせのような金髪の女性で、少なくとも日本人ではなさそうだ。古くからの知り合いなのだろうか。会釈をしてみると、事務的に返してくれた。

「お身体の具合はどうなのですか? ちとせお嬢さま!」

「あん、心配しないで。何でもないよ、すぐに良くなるから」

 落ち着かせるようにちとせは千夜の頭を撫でてやっている。その横顔を比べてみると、やはり千夜の方が顔色は悪い。どちらが倒れたのか勘違いしそうだ。

 ちとせは千夜を心配させまいと出てきたのだろう。医者はちとせと日本語じゃない言語で一言二言交わし、すぐにその場を後にしようとする。

 見送るように千夜は医者に付いていこうとして、そこでプロデューサーの存在を思い出したのか千夜がちとせの前に陣取った。

「お前……そんなにお嬢さまの寝姿を見たいのですか」

「あ、ごめん……外見てるから。ほんとごめん!」

 全力で視線を逸らすと、背を向けたプロデューサーへちとせのフォローが入る。

「これぐらいあなたなら今さら気にしないけど、ごめんね魔法使いさん。レッスンもそうだし、横にならなきゃだから相手してあげられないや」

「とんでもない、安静にしててくれ。俺もすぐ帰るから!」

「それはだーめ。あなたを呼んだのは私じゃないもの。そうでしょ?」

 最後は誰に向けられた言葉なのか、悪戯っぽく笑ってからちとせが部屋に戻っていくようなドアの音がする。それから2人分の足音が近づいては遠ざかっていった。

 残されたプロデューサーは千夜が戻ってくるのを待つしかなく、所在無げにまたソファへと座る。容態の説明を受けているのか、千夜はすぐには戻ってこなかった。

 その間に、ちひろへちとせの無事を連絡しておくことにする。きっとちひろも心配しているだろう、だが千夜の方も気になるのでいつ事務所に戻るかまでは触れなかった。

「……お待たせしました」

 隣で肩を震わせていた時よりは血色が良くなってきた千夜が、おずおずと戻ってくる。

「落ち着いたみたいだな。よかったよかった」

「コーヒーでも飲みますか? ……無理にとは言いませんが」

「ああ、是非いただくよ」

 ここで帰ってはちとせにも申し訳が立たない。ちとせのことはもちろんだが、千夜に助けを求められてここにいるのだ。決してちとせの人前には出られない恰好を拝みに来たわけでもない。

 千夜も千夜なりに引き留めようとしている。気勢をそがれたままよりか、いつもの素っ気なさが今はありがたい。

 しばらくして、千夜がコーヒーを運んできてくれた。差し出されたそれは事務所でたまにありつけたものとは違う味わいだ。とても美味しい。

 そしてすっかり千夜にとってお決まりになったプロデューサーの隣に座り、顔を突き合わせる形を避けたままの会話が始まる。

「忘れなさい」



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