白雪千夜「私の魔法使い」
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71:19/27  ◆KSxAlUhV7DPw[sage]
2020/02/04(火) 20:47:50.73 ID:ldlfMP+C0

 タクシーを降りたプロデューサーはエントランスのインターホンで千夜にロックを解除してもらい、晩餐会のあった夜を思い出して土地勘の薄い建物を進む。

 エレベーターで目的の階層に着くと、千夜の姿はなかった。部屋番号は覚えているし、2人で往復した記憶を遡れば迷わず真っ直ぐに辿り着いた。

 ノックすると、すぐにドアが開いた。いつもより生気は感じられないが、それは確かに見慣れた学生服姿の千夜だった。

「……来てくださったんですね」

 声まで覇気が無く、目を離せば消え入りそうな儚さが見ていて心苦しい。まるで今日、事務所に来れなかったのは千夜に原因があったかのようだ。

 しかしそうでないことは、玄関にあった場にそぐわない靴で他に来訪者が来ていることからも窺い知れた。身内の方か、それとも医者だろうか。

「呼んでくれたらどこへだって駆けつけるよ。ちとせは?」

「お嬢さまはかかりつけのお医者様に診ていただいているところです。……中へ、どうぞ」

 招かれるがままリビングへ通され、適当にソファへ腰を下ろす。ここから夜景ではない景観を拝むことになるとは思っていなかった。

 千夜は何も言わず、プロデューサーの隣へと座る。隣同士だというのに、随分と見えている景色は違うようだ。

「……何があった?」

「……恐らく想像通りです。朝から気分が優れないご様子ではありました。事務所に向かおうと支度をすませていたら、突然……」

「ここ最近なかったもんな。ダンスレッスンだって、騙し騙しやってるって言ってたけど……体力が付いてきてたのは本当だったはずだ」

 仕事をこなしていくうちに、ちとせの体調は良い方向へ振れていっていた。それはただの偶然で、そう思い込もうとしていたのはプロデューサーだけではなかったということか。

 ……果たして本当に偶然だったのだろうか。出会った頃のちとせを思い浮かべながら、千夜に気になっていることを尋ねた。

「千夜は診察を見守ってなくていいのか?」

「お嬢さまは……あのお医者様に診ていただいている時だけは立ち会わせてくれません。そして終わってからこう言うのです。『何でもないよ、すぐに良くなるから』……と」

「…………そっか」

「確かにいつも回復するのに時間は掛かりませんでした。だからといって……今度もそうだという保障は……」

 肩を震わせながらいつになく弱い部分をさらけ出している千夜を、励ましてやれる手立てを考える。

 プロデューサーは自分の手のひらを数度見つめた後、膝の上で普段の手袋のまま握り拳を作っていた千夜の手の上に、そっと重ねてみる。蒼白な顔色からも手袋越しに冷たさが伝わってくるかのようだ。

 手の冷たい人は心が温かいと聞く。千夜に宿り出したという炎は、今この時も消えずに彼女を温めてくれているのだろうか。

 すると千夜は、黙って俯いたまま空いているもう片方の手を、さらにプロデューサーの手に重ねた。

 冷え切った心で自分から暖を取ろうとしてくれているなら、独りで凍えなくて済むようにいくらでもこうしていてやりたいと、そう思った。

 しかし、奥から部屋のドアの開く音がすると同時に、その手はするりとプロデューサーからすり抜けた。遅れて立ち上がり、音の方へと振り返る。

「お待たせ千夜ちゃん、あれ? 魔法使いさんも来てたの?」




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