白雪千夜「私の魔法使い」
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68:18/27  ◆KSxAlUhV7DPw[sage]
2020/02/04(火) 20:43:14.98 ID:ldlfMP+C0
「うん、だけどいつもちとせと一緒とは限らない。僕ちゃんとしてじゃない時のアイドル白雪――いった、ごめん! 口が滑った!?」

 うっかり禁句を言ってしまい、ぐりぐりと胸元を押し潰される。ちょうど懐中時計がしまってあったところを押されたため威力は絶大だった。千夜も手に違和感を覚えたようだ。

「そう呼んでいいのはお嬢さまだけとあれほど……。それより、何を隠し持ってるんですか」

「まあ気付いたよな……大したものじゃないよ」

 敢えて隠し通す理由もなく、慣れた手付きで懐中時計を取り出した。
 腕には時計も着けており、携帯電話だってある。このご時世にこんなものを持ち歩く必要はない。千夜もそれくらいはとうに察している。

「……? 動いていないように見えますが」

「ああそうさ。これは動いていないのを確認するために持ってるんだから」

「変なやつだとは思っていましたが、まさかそこまで酔狂だとは」

「ほっとけ。いいんだよ、これはこうじゃないと」

 千夜の前ではあるが、手にした懐中時計を覗き込む。こうする度に千夜やちとせの姿まで思い出すことにならないよう、祈りを込めて。

「……その顔」

「ん?」

「いえ、何でも……。大事な物なのでしょう、さっさとしまったらどうですか」

 急に視線を背ける千夜の振る舞いが気になりつつも、会話を途切れさせてしまった要因を懐にしまう。

 交わそうとしていた議論に話を戻そうとした時、ちとせがレッスンルームに訪れた。用事を済ませて事務所に来ていたようだ。

「ごめんね、遅れちゃって。聞いてよ千夜ちゃん、魔法使いさんもー」

 機嫌が悪い、というよりは納得いかないといった様子のちとせ。千夜みたいに演技で反応を窺おうとしている素振りではなかった。

「進路希望調査、っていうの? アイドルって書いて提出したら先生に呼び出されちゃった。酷いと思わない?」

 そうだそうだと言ってやりたい気持ちもあるが、プロデューサーとしては非常に答えづらい内容である。どんなに輝かしい今を歩んでいたとしても、咲き誇っていられる期間は人生80年の時代では短すぎるのだ。
 
 芸能界で活動し続けようにも、異なる肩書で再出発となるアイドルがほとんどだ。

 そもそも堅実に遠い将来まで見据えるのであれば、芸能界という特殊な世界で生きていくことにまだとりわけ実績のないちとせへ教師として待ったを掛けるのは、何もおかしいことではない。

「ちとせならいずれ女優とか歌手への転向もありそうだけど、今の段階でアイドルじゃそうなるよな」

「魔法使いさんも先生の味方するの? んもうしっかりしてよ、私たちのプロデューサーなんでしょう?」

「人生まではプロデュースしてやれないしなあ……あ、家督を継ぐとかそっちはどうなの?」

「私が継いでもなぁ……アイドルしてるより楽しければ考えなくもない、かな」

 そこで会話が途切れる。しまったと心の中で口を押えてももう遅い。それはちとせにとっては遠すぎる未来のことにまで至る話題だった。



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