白雪千夜「私の魔法使い」
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59: ◆KSxAlUhV7DPw[sage]
2020/02/04(火) 20:33:15.81 ID:ldlfMP+C0
15.5/27



 アイドルになる時、あいつに渡された携帯電話は事務所から支給されたものではなかった。
 どうにも型が古くスマートフォンですらない。何世代も前のものを、連絡手段のためだけに手渡されていたに過ぎない。そんなものを何故あいつが自前で用意しているのだろう。

 その問いに答えてくれたのは、私が通話している相手を携帯電話の型だけで見抜いた、以前あいつが受け持っていたというアナスタシアさん。既に完成された美術品のような、とても綺麗な人だ。

「機械が苦手、アーニャに言いました。でも、きっと違いますね。プロデューサーは嘘が下手です」

 私が知らないあいつをこの人は知っている。私が持たされた携帯電話を愛おしそうに見つめていたのは、懐かしさからか。

「どうして持たせてくれたのかは、わかりません。誰が聞いても、最後には、魔法を掛けるため、としか言ってくれませんでした」

 他のプロデューサーに引き継がれる時に回収されて、新しく配られることもなかった。そこからあいつと引き離されたアイドルの人たちは、携帯電話があいつ独自に持たせていたものだと判明したらしい。

 魔法とは、何を意味するのか。アナスタシアさんにもわからないなら、私が察するべくもない。

「チヨが、羨ましいです。アーニャたちがそばにいても、プロデューサーを、哀しませてしまうから……。それでも1度くらい……私も、会いたかった」

 女子寮に住んでいるのに、あいつの来訪に居合わせられなかったことがずっと心残りだったそうだ。

 あの日お嬢さまと女子寮で見た光景、合宿前の昼時にみせた美嘉さんの挙動といい、あいつのもとでアイドルをしていた人たちは今でもあいつを忘れていない。

 自分勝手に放り出していったあいつを忘れられないのは、あいつが見せてきた夢に、魔法に、今も魅入られているからなのだろうか。

 それもあるだろう。だが本当のところは、あいつが何かを1人で抱えていて、苦しんでいるのがわかってしまったから。
 今の私にも、それぐらいならわかる。

「チヨは、プロデューサーのこと、好きですか?」

 あまりに純粋な物言いに深い意味はないのだろうが、その無邪気に覗き込んでくる瞳を直視出来ないでいる。
 羨ましい、と先ほど言われてしまった。あいつが私とお嬢さまの専属となっている状況で、私はどう返すべきなのか。

「……そこまで嫌いではありません。あなたたちがあいつを慕う理由も、多少はわかっているつもりですから」

「ハラショー♪ チヨもいい人、ですね。私たちの分も、プロデューサーを支えてあげて、ください。チヨも、その方が……」

 最後の方はよく聞こえなかったが、なんだか心苦しくなる。あいつの責任で今の状況があるというのに。アナスタシアさんの純真がそう思わせるのか。

「あいにく私には仕えるべき人がいますので。……ですが」

 あいつほどではないが、私も嘘は得意ではなかった。その上ひねくれてもいる。

「たまには、まあ。気に掛けてはおきましょう」






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