白雪千夜「私の魔法使い」
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50:13/27  ◆KSxAlUhV7DPw[sage]
2020/02/04(火) 20:23:48.73 ID:ldlfMP+C0
 基本は仏頂面であることには変わらないが、ちとせの前でしか見せない顔を少しでも覗けている気分になる。ちとせの言う本来の千夜の笑顔がどのようなものか、いつか見てみたいものだ。

「……また変なことを考えていますね。そんなにお嬢さまに粗相を働きたいのですか」

「え、違う! 変なことなんて考えてないって!」

「口角が上がってましたよ。言い訳は要りません」

「あのなあ……」

 千夜は千夜でこちらをよく観察するようになってきたのは、何も食事の好みを把握するためだけではなさそうだ。監視の目を光らせているだけかもしれないが。

「……勘違いされないよう、一応伝えておきます。私は誰にも嫁ぐ気はありませんので」

「気にしてたのか……。一生ちとせに仕えるつもり?」

「お嬢さまに恩義を返すこと、それが私の全てですから」

「じゃあ、ちとせが誰かと結婚してもついていくの? お相手さんがちとせとだけの生活を望んでも?」

「それは……お嬢さまが、結婚? 考えたことも無かった……」

 足場が崩れ去るように愕然とする千夜。将来の夢や希望を描くことなく、ただちとせの僕としての今を生きてきたのだろう。想像すらしていなかったらしい。

「……お前がいると、そんなことばかりだ。私が知ろうともしなかった物語を語りだす……何のつもりですか」

「ご主人みたく、千夜もいろいろ考え始めてみたら? 自分のこれからのことを」

「余計なお世話だ――と、以前の私ならそう突っぱねていたのでしょうね」

 決まりが悪そうに、しかし千夜はプロデューサーの言葉を拒絶はしなかった。

「……忘れるまでは、心に留めておいてやってもいい」

「今はそれで十分だよ。……アイドルに言う事じゃないけど、もしいい人が見つかったらちとせに報告してやれ。泣いて喜ぶぞきっと」

「添い遂げる相手のいないお前に言われても、何も響いてきませんが」

「ひどい! ……ははっ、じゃあ俺帰るよ。今日はご馳走様、本当に美味かった。ちとせにもよろしく言っておいてくれ」

 帰り支度を済まし、出ていこうとするプロデューサーのスーツの袖が引っ張られる。何か忘れ物でも見つけてくれたのだろうか。

「待ちなさい、そこまでは送って差し上げます。……迷子になってその辺をさまよわれても困りますので」

「あー……じゃあお言葉に甘えて。さすがに迷子にはならない、とは思うんだけど」

 そことは恐らく出迎えてくれていたエレベーターのことだ。
 迷子になるとすれば1階に降りた後なのだが、千夜としてもちとせから貰い今も着用している服で外を歩ける限界がそこなのかもしれない。メイド服ではそうもなるか。

 行きは千夜の後を追って歩いたが、帰りは並んで歩く。エレベーターまで大した距離はないものの、辿り着くまでやけに短く感じられた。

「それじゃあ、また」

「ええ。また」

 軽く挨拶を交わし、今度こそお別れだ。1階のボタンを押し、エレベーターのドアが閉まる僅かな間に軽く手を振ってみた。

「……?」

 ドアが閉まる瞬間、遠慮がちながら小さく手を振り返していた千夜が見えた。普段とのギャップも重なり、それはとても愛おしい姿として強烈に頭に叩き込まれる。

「……ファンを喜ばせるための演技です、ばーか。なんて言うんだろうな」

 たとえ千夜なりの戯れだったとしも、その姿をしっかりと頭に焼き付けたい。
 1階に着いたエレベーターから搭乗者が降りてくるまで、ほんの少しタイムラグが生まれていた。






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