白雪千夜「私の魔法使い」
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45:12/27  ◆KSxAlUhV7DPw[sage]
2020/02/04(火) 20:18:53.25 ID:ldlfMP+C0
 なんだまだ元気じゃないか、というツッコミも喉元を過ぎて出てくることはなく、意図が伝わってない2人はそれぞれ違う解釈をしたようだ。

 ちとせはともかく千夜はどう受け取ったのか、またしても何かを手に取り車が止まるまで今か今かと構えているらしい。

 すぐに次の赤信号に引っ掛かると、千夜の構えたそれは虫よけスプレーであることがわかった。

「……ついに虫扱い?」

「これはただでさえ血が足りていないお嬢さまを、害虫から守るためのものです」

「やっぱり虫じゃないか……」

「そうなりたくなければ、説明しなさい。住所を聞いてどうするつもりなのですか」

 今回は噴き付ける気がないようだ。車内でそんなことをされても、後ろのちとせにも被害が及びそうで出来ないだけともいう。
 そもそも住所だけなら入所時に受け取っている履歴書を調べれば済む話だ。

「家まで送り迎えすれば、2人の負担も減るかなって」

「別に、その気になればタクシーで済みますが」

「う、確かに……あれ、まさか俺っていらない?」

「私は魔法使いさんが運転してくれると安心だよ? スリルもあって楽しいし」

「お嬢さま、それは安心とは言わないのでは……」

「……うん、ちょうどいいかも。ねぇ魔法使いさん、この前の話覚えてる?」

 真面目な話をするつもりなのか、ちとせは急に姿勢を正した。やはり余力は残っているみたいだ。

「この前の? あっ」

 車を発進させると同時に会話の中断を余儀なくされ、2方向から溜め息が漏れ聞こえた。

「……ごめん、あ、赤だ。……っと、この前のって何の話?」

「運転、早く上手くなってね……? そうそう、楽園に連れていってあげるって話」

「お嬢さま、それは……」

「そんな話もあったな。楽園ってどこのこと?」

「さっき魔法使いさんが知りたがってた場所、どーこだ?」

「…………」

 今度は前方に意識を割くため喋れないのではなく、答えたくなかった。
 バックミラー越しに見てみると、目を輝かせているちとせはもはや疲れの色はどこ吹く風である。

「私たちの住む楽園、おうちに招待してあげる♪ 晩餐会へのご招待、千夜ちゃんシェフが腕によりをかけてお待ちいたしますが、いかが? ふふっ」

「慎んでお――」

「あ、前見て前♪ それじゃ、着くまで少し寝かせてね。お休み〜」

 返事をする機会を奪われ、仕方なく保留にし2人を無事に送り届けるべく運転へ集中する。視界の端の方では千夜が額を押さえていた。

 女子寮に向かった日の頃と違い、無闇に家に上がり込んではスキャンダルの恐れがついて回る。誘い自体は魅力的だがお断りせねばならない。

 そう、お断りせねばならない。今までもそういった機会に恵まれては断ってこられたはずなのだ。
 だというのに、今回ばかりは相手が悪い。来月の空いているスケジュールを埋める最初の予定が、信号で止まる度に窺えた千夜の苦悶の表情からみても、確約されたようなものだった。






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