4:1/27 ◆KSxAlUhV7DPw[sage]
2020/02/04(火) 19:28:58.23 ID:ldlfMP+C0
「あの、その話はそちらで進めてくれて一向に構わないんだけど、今日はそのために来たわけじゃないだろう?」
とある芸能プロダクションの中の一室、わざわざお茶会でも開くために招待されたとは2人も思っていまい。いや、その方がちとせへのウケは良かったかもしれないが。
「ん、そうだね。あなたが案内してくれるんだっけ」
「自由に見てきてもらってもいいよ。ここに来るまでによっぽど見るものもあっただろうし。俺も、その間に資料整理しておくから」
「だってさ。どうする千夜ちゃん?」
「お嬢さまのお好きなように。確かにこんな所よりかはお嬢さまの気を引くものも、多少はございましょう」
千夜の物言いに何やら棘を感じ、先日出会ったばかりとはいえ少女たちとの距離を測りかねているプロデューサーは、ひとまず2人の興味の先が無駄に広い建物内の各施設へ向いてくれそうなことに、こっそりと安堵の息を吐く。
ちとせはまだ友好的だが、スカウトした時に取り付けられた約束を破ったらどうなるか。千夜に至ってはたまに敵意にも似た冷たい鋭さが言葉の端々や態度に見受けられている。
幸い2人は長い付き合いらしく、そのやり取りからどんな子たちなのか様子を見たいところだった。
「じゃあ魔法使いさん、案内よろしくね♪」
「ええっ!? この流れで……?」
「その方が愉しそうだもの。それに、私あなたに言っておいたと思うけどなぁ」
ちとせとは2つの約束事がある。より正確にいうと2つの約束で済んでいる。
これから先いくら増えていくかは予測もつかないが、私を退屈させないこと、私に嘘をつかないこと、この2つが彼女をプロデュースする上で課された当面の条件だ。
「えっと、退屈だった?」
「ううん、そっちじゃなくて――そのお仕事、今やらなきゃいけないこと?」
案内役を遠慮させるための方便だった資料整理はとっくに終わっている。クスクスと妖艶に笑う紅い瞳の奥は全てを見透かしているかのようだ。
「……わかった! じゃあ、行こうか。これからよく使うことになるところからでいいかな」
「そこのあなた」
これまでプロデューサーのほうを向こうともしなかった千夜が唐突に口を開く。
涼やかな紫色の瞳に見据えられたプロデューサーは、未だ千夜に歓迎されていないことを目線だけで思い知った。
「……いや、お前くらいでいいか。お前」
「お、お前……」
出会って3日と経っていない年下の少女からの呼称として些か寂しいものがあるのでは、と彼女にとってのお嬢さまであるちとせに視線で訴えてみるが、返ってきたのはこちらの出方を窺おうとする眼差しだった。
微笑みは絶やさず、何かを見定めようとしているように。
もしかして千夜の人当たりはこれが平常なのだろうか、と半ば諦めて千夜に向き直る。
「あー、うん。何かな?」
「あまりあちこちお嬢さまを連れ回さないように。もしお身体に障るようなことがあれば、分かっているな」
1年間の休学を要したというちとせの身体はどこまで耐えられるものなのか、早々に見極めなければならない懸案事項ではある。何より下手を打てばこちらもただでは済まさないといった迫力だ。
「大丈夫だよ千夜ちゃん、今日は調子が良いし。せっかくなんだから楽しまなきゃ♪」
「お嬢さまがそうおっしゃるのであれば。……何をしている、早く案内とやらをしなさい」
2人の少女から翻弄され放題となっている現状に、暖かな陽光が桜を薄桃色へと色めかせる春の昼下がり、1人吐息が青く染まるプロデューサーであった。
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