34:9/27 ◆KSxAlUhV7DPw[sage]
2020/02/04(火) 20:05:51.92 ID:ldlfMP+C0
ふと、人形繋がりでデスクの奥に眠らせたままになっていた、緑色の物体を思い出す。扱いに困り放置していたが、これもいい機会か。
いそいそとデスクに向かい最下段の引き出しの奥へ手を突っ込む。ぐにっ、と柔らかい感触をした緑色のそれは事務所が推しているマスコットキャラクター、ぴにゃこら太のぬいぐるみである。
いきなり席を立たれて何事かとこちらを窺っていた千夜は、未知との遭遇に微妙な顔をしながら、しかし目を奪われたといった様子だ。
「……なんだ、それは」
「ぴにゃこら太。知らない?」
「お前の悪趣味は際限なしだとでも言うのですか」
「残念、これうちの事務所のマスコットなんだ」
「こんな不細工が? ……どうりでお前のようなやつが働き詰めているわけか」
「まあまあ、これはこれで味があるだろ? 結構人気なんだぞ。せっかくうちに所属してるんだから、名前と顔だけでも覚えてってくれ」
千夜の隣へ座り直し、対面するようにテーブルへぬいぐるみを置いてみる。最初は見ているだけだった千夜だが、やがて手に取り膝の上でもてあそんでいた。
「……」
「気に入った?」
「っ! わ、私はこんなので遊ぶために来たんじゃない」
千夜は前を向いたまま、ぽいっと後ろの方へ放り捨てようとするも、ぴにゃこら太が力なく宙に舞うことはなく、愛嬌のある間抜け面をしっかりと見えるように机へ置いたのだった。
その一連の行動がなかったかのように千夜はプロデューサーを叱責する。
「話の腰を折るな。長居はしないと言ったはずだ」
「ごめんって。で、他にどんな話があるんだ?」
「わかればいいのです。……そうだな」
そこからは、千夜がアイドルになってからの話を大人しく聞き続けた。
飽きっぽいちとせにしては珍しく長続きしていること、いつまた倒れられるか気で気じゃないこと、それでもあんなに楽しそうにされたら物申せなくなること、多くはちとせのことばかりだ。
「振り付けを教えてほしいとも……言われました。教わるのではなく、私がお嬢さまに何かを教えられる時が来ようとは……思いませんでしたよ」
アイドルとなり初めて訪れた瞬間に困惑しつつも、千夜はそれを嫌がっているわけではなさそうだ。
最近はちとせの体調が上向き加減らしく、調子に乗せ過ぎないよう目を離すなと釘を刺されたところで、ぽつりと千夜はこぼした。
「慣れとは恐ろしいものです。お嬢さまの戯れとはいえ、ここに通い、アイドルとして過ごす自分を受け入れ始めているのですから」
それは、初めて千夜の口から出たアイドル活動に対するポジティブな話題だった。
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