25: ◆KSxAlUhV7DPw[sage]
2020/02/04(火) 19:55:48.13 ID:ldlfMP+C0
6.5/27
「お嬢さまはあの者に気を許し過ぎではありませんか?」
自由気ままに振る舞う様を間近で見てきた者として、今回もただの戯れと言い切るには些か度が過ぎていた。
自ら身体を寄せ合うなど、暇をもてあそんだところへ私にじゃれついてくるそれとは趣向が違う。そんな風にご自身を安売りする方ではない。
「たまにはご褒美もあげないとね。千夜ちゃんこそ、あれはやり過ぎなんじゃない?」
「褒美を与えるに値する仕事はまだこなしていないかと。ですので、これで帳尻は合っています」
「厳しいなぁ。それより、魔法使いさんを見失っちゃうよ。そろそろ行かなきゃ」
私の進言も意に介さず、ちとせお嬢さまは小さくなっていくあいつの後ろ姿を追い始めた。
「……はぁ。お待ちください、お嬢さま」
どこまでがお嬢さまの描いたシナリオなのか、私にはわからない。わかる必要もなく、いつも通りに私はお嬢さまの後につく。
今度は探偵ごっこのつもりなのだろうか。日も傾いていく中、時に電柱、時に停車した車の陰。付近にある身を潜められそうな物に隠れては、こちらに気付く素振りも見せないあいつを愉快そうに追い掛ける。
これではやりがいも無いだろうに、すぐにでも飽きてしまわれそうだと思っていると、目的地に着いたのかあいつが足を止めた。
「興味ない? あの人が以前手掛けてたっていうのが、どんなアイドルなのか」
「そのためにこのような真似を?」
「こうでもすれば、あの人の奥底にあるものが覗けると思って。私たちよりも魔法使いさんに詳しいはずでしょ?」
ややあって、あいつは玄関のチャイムを鳴らした。すぐさま中へ招き入れられるようなら私とお嬢さまのこの行為も無駄になる。あまり賢いやり方とは思えないが、この機を逃してはこの先しばらくわからずじまいとなる予感もあった。
物陰から眺めていると、すぐに答えが現れる。わらわらとなだれ込むように玄関口へ数人の人だかりが出来ていた。
あいつを囲うのはどこかで見覚えのあるような、いずれも私とそう年の変わらない少女たちだ。誰もが眩しいほどの笑顔であいつを手厚くもてなそうとしている。
「大人気だね、魔法使いさん」
「…………」
ふと、あいつが時折見せる哀愁を纏った表情が浮かんだ。無くしたもの、取り返せない大事な何かを思い返しているような、あいつの顔を。
あんな顔を見せながら、今あいつの目の前にあるのは何だというのだろう。手を伸ばせばすぐ届くのに、そうしない理由がどこにあるのか。
くしゃくしゃになりながら引っ張られるように建物の中へと消えていくあいつ。その背中からは、最後まであいつが今浮かべているだろう表情は読み取れなかった。
「悪い人じゃないよね、きっと。あんなに女の子をはべらせて、女の子が大好きなのは間違いないだろうけど。ふふっ」
「……」
慕われているのは明らかだ。そこに至るまでの物語を知らない私には、おいそれと口を挟む余地もないだろう。そんな少女たちを放って、あいつはお嬢さまと私なんかを相手にしている。
……単純に、意味がわからなかった。
「帰ろっか、千夜ちゃん」
「はい……」
お嬢さま以外の人に興味はない。そう思っていたはずなのに。
胸でくすぶる何かに気付かない振りをして、私はお嬢さまに従う。
道すがら、僕としてあるまじきことだと己を叱責しながら、それでも、私は――
「うん? 珍しいね、千夜ちゃんからなんて」
「すみません。……少しだけで、構いませんから」
「いいよ、いくらだって。温かいね、千夜ちゃんの手」
訳も聞かず、私の手を握り返してくれる大切な人に、今晩は何を振る舞おうか。
藍色の空へ浮かび始めた煌めきに照らされながら、必死に別なことを思い浮かべようとする。
だが私はあの地上の星たちの輝きと、それを敢えて遠ざけるような振る舞いを見せているあいつのことも、頭にちらついて離れなくなった。
――その夜は、炎の荒れ狂う夢を見た。
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