白雪千夜「私の魔法使い」
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107:27/0  ◆KSxAlUhV7DPw[sage]
2020/02/04(火) 21:38:16.62 ID:ldlfMP+C0


 翌日、プロデューサーは朝早くから事務所の自室に訪れていた。

 部屋にアイドルの痕跡が何もなくなった時間へと戻ってくるのはこれが初めてなので、失ったものの大きさに胸が押し潰されそうになる。何度失くしては拾い上げてきたかも覚えていない。

 いや……本当は覚えている。それだけ失いかけた輝きを、やり直すことで取り戻してきた。敏腕プロデューサーなどではなく、ズルをしていただけなのだ。

 プロデューサーとしてアイドルに夢を見せ、魔法使いとして悪夢をなかったことにする。

 1度夢から覚ましたアイドルには、もう同じ手は使えない。目覚めている相手を再び夢から覚ますことは出来ないからだ。

 そうしてついにはやり直せなくなり、袋小路へ追い込まれた挙句、自らの手で光を失わせることを恐れて逃げ出した。

 誰もがやり直しの利かない人生を歩んでというのに、1度頼ってしまえば抜け出せない。魔法も夢も似たようなものだ。

 そんな時に出会ったのが、黒埼ちとせだ。

 初対面でちとせもまた常人ならざる存在であろうと予感だけはしており、アイドルとしての魅力はもちろんのこと、自ら陥った状況を変えてくれることを勝手に期待していた。

 打開する方法は何でもよかったが、彼女を――そして千夜を、やり直さずに一人前のアイドルとして成長させプロデューサーとしての自信をつけること。

 置き去りにしてきたアイドルたちを正面から迎えに行けるようになるとすれば、それが絶対条件だった。

 その条件が満たされる前にちとせは消えてしまい、千夜の絶望を引き金に過去へと戻ってきた。

 プロデュース自体は上手くいっていた……のだろうか、それもちとせに委ねられている。

 あとはちとせを何とかして消えさせない。その方法を探しながら、もう1度だけ彼女たちをプロデュースする。

 そのための仕込みをしにわざわざ早くから事務所の自室に来ている。千夜はちとせの指示でここへ来るはずだ。その前にやっておかなければならないことがある。

「……はは。あの時の俺を撮ってたのか、千夜」

 ちとせと千夜に渡していた携帯電話の初期化をするべく、デスクに保管してあるそれらを充電して中身を確認してみる。

 千夜の携帯電話の方に、遠巻きながらクレーンゲームをしているプロデューサーの画像が保存されていた。

 夢を見ない機械には魔法が通じないらしく、アイドルたちが記録したプロデューサーに関する映像や音声データが残ってしまうのだ。

 わざわざ独自に用意した携帯電話を持たせていたのは、このために尽きる。こうして管理するためだ。

 覚ましたはずの悪夢の内容に触れてしまえば、どうなるかわからない。思い出したところで内容が悪夢なのだから、思い出さないに越したことはないはずだ。

 それに加え本物の魔法の存在を知られることにもなる。知られたところでもう1度掛けてやれもしない魔法に、何の意味があるかは未知数だが。これなら魔法なんてないと思ってもらった方がまだ夢があるだろう。

 アイドルに良い夢を見せるため、魔法使いは今度こそ唯一使える魔法を捨てて、プロデューサーとして魔法を掛ける準備を進める。

 これからここに来るアイドルにも、立ち直るきっかけをくれたアイドルにも、待っててくれているアイドルたちにも、もっと大きな夢を見せるために。





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