101:26/27 ◆KSxAlUhV7DPw[sage]
2020/02/04(火) 21:30:11.30 ID:ldlfMP+C0
多くの出演者とその関係者が慌ただしく入れ替わっていく中、1人静かに千夜は控え室で自分の出番を待っていた。
『Velvet Rose』としての出場登録は変更されないままきており、初めてその名を見聞きする聴衆には千夜1人が舞台に出ても、違和感を抱かないだろう。
それでも千夜はちとせの分まで舞台に立とうとしている。2人のための楽曲は随分と1人用にアレンジされてレッスンしてきたが、その心までは変わらない。
間もなく出番が来る。プロデューサーは千夜に何から伝えるべきかわからないまま、ちとせから千夜へと渡されたものだけは届けようと、放心していた自身を置き去りにするように千夜のもとへ駆け付けた。
「はぁ、はぁ…………ごめん。遅くなった」
「……来ないものかと、思いました。ばか」
落ち着いているように見えても、千夜はちとせのことでただでさえ心細くしている。そんな千夜を元気づけるように、ちとせから贈られたサンストーンのネックレスが煌めいていた。
千夜は待ち人の顔が見れたことで、少しだけほっとしたようだった。
「お嬢さまはどちらに?」
千夜が真っ先に聞いてくるだろうことへの返す言葉も、プロデューサーには用意出来ていない。はぐらかすように、プロデューサーはちとせから預かった大事なものの1つを内ポケットから取り出す。
「それは……!」
「ちとせから……千夜にって。せめてこのネックレスが千夜のそばにいられたら、って……ちとせが」
「……そう、ですか」
それ以上は追及せず、代わりに千夜はプロデューサーへと懇願する。
「着けてもらっても、構いませんか?」
「ああ……ちとせも喜んでくれるよ」
慣れない手付きで、プロデューサーはムーンストーンのネックレスを千夜に掛けてやる。チェーンの長さが程よく噛み合い、千夜の首元は衣装の上で綺麗に太陽と月の光が同居していた。
「お嬢さまも、これで舞台に……。準備は整いました。お嬢さまの分まで輝いてみせましょう」
「その意気だよ。……なあ、千夜」
ちとせがいなくなった。その事実が伝わる前に、プロデューサーは千夜に聞いておかなければならないことがある。
これから舞台へと上がる千夜に余計な感情を芽生えさせたくはないが、帰ってきたらもう1つの預かりものを渡すことになっている。そこで千夜も、きっと真実を知ることになるのだろう。
冷静でいられるのは今しかない。プロデューサーの並々ならぬ佇まいを察してか、千夜は告げられようとしている言葉を待つ。
「もし、失くしたものを取り戻せるかもしれないなら……千夜は、どうする?」
「…………」
「絶対に取り戻せるとは限らない。それでも足掻いて、足掻き続けて、いつか取り戻すことを夢見て……。そんな夢でも、見たいと思うかな?」
何故このタイミングでそんなことを聞いてくるのか。腑に落ちなくて当然の問いに、千夜は毅然と返していた。
「……私の魔法使いがそう望むのなら、共に見るのもやぶさかではありません」
「本当……か?」
「きっと良い夢になると、信じられますから。……これでいいですか?」
意図の読めない質問を律儀に、そして全幅の信頼を寄せて千夜は返答する。
それはプロデューサーにとって充分過ぎる答えだった。時として枷ともなり得たアイドルからの信頼を、再び手放さなくてはならなくなろうとも。
「ごめんな、大事な時に変なこと聞いて。もう……大丈夫だ」
「まったく、変なやつだ。そんなだから……変えられてしまった。私も、お嬢さまも」
「……ああ」
「時間のようです。……見ていてくださいね、プロデューサー」
「……、ああ!」
太陽と月の輝きを胸元に煌めかせ、控え室を出ていく千夜の背中を見送る。
周囲の喧騒もどこか遠くのことのように感じ、無音の世界と錯覚しながら懐の懐中時計を恐る恐る取り出してみる。動かないはずの時計の針は、ついに、動き出していた。
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