100:26/27 ◆KSxAlUhV7DPw[sage]
2020/02/04(火) 21:28:29.61 ID:ldlfMP+C0
「これ、あの子に届けてほしいんだ。持っててくれるだけでいい、私の代わりにこの子が千夜ちゃんのそばにいてくれたらなぁって」
「自分で渡せばいいじゃないか……そのぐらいの時間は」
「いいからいいから♪ あなたに預けておけば安心できるから、ね?」
ちとせにとって千夜の次に宝物だったはずのネックレスだ。傷でもつけないよう丁重に預かって、懐中時計が入っていない方の内ポケットにしまい込む。
「それじゃあ次、きっと……必要になると思う。だから渡しておくね」
そうして差し出されたのは、何かの鍵だった。
「ちょっ、これちとせの家の鍵じゃないだろうな!?」
「そうだよ? 千夜ちゃんも持ってる合鍵。これさえあればもういつでも私と千夜ちゃんの家に入れるでしょう? ……使わずに済むならそれでいいんだ。でも、そうじゃないなら……」
「……預かるだけ、だからな。ちとせの気が済んだら返すよ」
言うことを聞く約束とはいえ、なぜこんな物まで持たせておこうとするのかわからない。ちとせは何を、どこまで念入りに見据えているというのか。
「それで、もう1つは何なんだ? ここに置いてあるんだろう?」
「うん。ちゃんとあったよ、それは千夜ちゃんのステージが終わったら渡してあげて」
「待った。何でそんな物、ここに置いて行ったりしたんだ」
「家に置いておいたら見つかっちゃうかもしれないから。いい? 絶対に渡してよ?」
「わかったわかった。終わってからだな、ここまで来たらとことん付き合うよ。どこにある?」
「それはね……私の使ってたクッションの中に入ってる。良い隠し場所でしょ?」
「……よく思いついたな」
千夜もプロデューサーも、主のいない特等席を無闇にいじったりはしていない。
そこに居るべき人へ思いを募らせることはあっても、近付こうとはしなかった。だからこそ今まで隠し通されていたのだが。
「クッションの中、調べていいんだよな」
「うん、それが最後だから。……今までありがとう、魔法使いさん」
聞き取れないほど先細っていく声を背に、プロデューサーはちとせの使っていたクッションを調べてファスナーを開け、手を入れてみる。
手触りの心地良い素材の中に入っていた、異質なものを掴む。出てきたのは白無地の封筒だった。手紙が入っているのだろうが、それはまるで――遺言書でも入っているかのような。
「おいちとせ、これは」
何なんだ、と紡ぐはずの言葉はいつまでも出てこなかった。
ちとせがいたはずの空間に……誰もいない。影も形も、跡形もなく消え去っていた。
部屋のドアが開閉する音もしていない。消え去る、そう表現する以外にどうすれば、クッションを調べる短い間に人がいなくなるとでもいうのだろう。
確かに言えるのは、それが可能だったとしても、とても人間業ではない。
「…………ちとせ。君も、やっぱり……」
千夜が待っていることも忘れて、ちとせがさっきまで居た場所を見つめることしかできないでいる。
そんなプロデューサーを包み込むように、ちとせが好きだった薔薇の香りがどこからともなく微かに漂っていた。
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