72: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:44:19.11 ID:hoMUvMIQo
第二区と称された空間に一歩足を踏み入れる。
ここだけは丁寧に石畳が敷かれていて、私は濡れた足元に注意を払いながら歩いた。
普段より足早になっていることにはちゃんと気がついていた。
73: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:44:57.85 ID:hoMUvMIQo
見慣れない名字が楷書体で深々と刻まれている。
こうして実際に目の当たりにしてみると、現実味なんて思っていた以上にどこにもない。
やっぱり縁も所縁もない赤の他人を訪ねているような気分になってくる。
74: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:45:51.32 ID:hoMUvMIQo
*
ところであさひ、作詞に興味はない?
サクシ? 二本の矢印を並べて、どっちが長いか短いか、ってやつっすか?
75: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:46:26.44 ID:hoMUvMIQo
ああ、そういえばそれもサクシっすね!
その二つが出てきてこれが出てこないのも、なんというかおかしな話だけれどね。
たしかにそうっすね。
単語の意味が音だけで一意に定まらないのは、日本語の難しいところだよね。その解決に文脈が一役買うわけだけれど、いまのはいきなりだったからな。こっちが悪かった。
76: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:46:57.23 ID:hoMUvMIQo
実はこういう話がある。
……何すか、これ?
以前に言っていた次の仕事の企画書を起こしたもの。
あの話っすか。無事に通ったんすね。
77: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:47:47.01 ID:hoMUvMIQo
ん。でも、どうしてそんな話になったんすか? 他のみんなは普通に作詞家の人に書いてもらってるっすよね?
ああ、そうだね。それについては別の人が担当していたりするから何とも言えないけれど、今回の一件に関して言えば、個人的な希望だ。
プロデューサーさんの?
そう。個人的に読んでみたかったから、こうしてお願いしているというわけ。
78: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:48:14.69 ID:hoMUvMIQo
……。
どうしたの?
あっ、いや、プロデューサーさんもわたしと同じ気持ちなんだなあ、と思って、それが、少しだけ……。珍しいじゃないっすか、プロデューサーさんがそんなこと言うの。
珍しい? そうかな。割と頻繁に言っている気もするけれど、まあ、あさひがそう言うのならそうなんだろうね。
79: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:48:45.20 ID:hoMUvMIQo
わたしの詞が最後まで書きあがったら、最初にそれを読むのはプロデューサーさんってことになるんすか?
そうなるだろうね。あさひが他の誰かに先に見せない限り。
誰にも見せないっすよ! プロデューサーさんが、えっと、わたしを信じて? こうして持ってきてくれた仕事っすから、最後までちゃんとやりきってみせるっす! これは本当っす!
うん。あさひの言葉が届く日を楽しみしているよ。これも本当だ。
80: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:49:36.90 ID:hoMUvMIQo
*
それから、どれくらいの時間が経過しただろう。
二〇分ほどか、もっと長くか、あるいは短くか、何の意味もなしに、ただ茫然と私はその場に立ち尽くしていた。
81: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:50:14.58 ID:hoMUvMIQo
ここへ来れば何かが変わるだろうかと思って、でもそれはあり得ないということもやはりどこかでは解っていた。
それでも私はここまでやってきて、その想像がただの想像でしかなかったということをわざわざ証明したのだった。
ずっと言葉を探していた。本当のことは何もみつけられなかった。
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