8: ◆TOYOUsnVr.[saga]
2019/12/08(日) 20:31:04.92 ID:clFucneV0
威圧するような、あまりに大きなその声は、初めは私に向かって飛んできたのだと思ったけれど、周囲にそんな声を発している人間はいない。
立ち止まり耳を澄ませると、どうやらそれは一つ先の曲がり角から発せられているらしいことが分かった。
覗いてはいけない。
無用な野次馬根性で私まで危険な目に遭うことはない。
頭では理解しているのに、その曲がり角を通り過ぎる際に、横目で見てしまった。
ガラの悪い男の人が二人。
ビルの壁に押し付けられている男の人が一人。
オヤジ狩り、というやつだろうか。そんなような言葉を昔にテレビで聞いたことがある。
ひ弱そうなサラリーマンを狙い、脅し、時には暴力的な行為をして、金品を巻き上げる。
許せない、と思った。
けれども私がここで出て行ったところで、何の役にも立たないことは明白で、自分の無力さに嫌気がする。
ごめんなさい、ごめんなさい。
心の内で唱えながら、足早にその場を離れるしかなかった。
怒声からは遠ざかっていっているはずなのに、その全てがくっきりと聞こえ、私の耳にこびりつく。
知らない。
知らない。
私に何ができるわけでもないのだから、私は悪くない。
これは仕方がない。
自分に言い聞かせるように、念じるも、残念ながら罪悪感は一向に引いていく気配はなく、増すばかり。
このまま家に帰ったとして、両親にただいまを言って、お風呂に入って、あったかい布団でハナコと眠る。
なんていう、いつもどおりの日常に戻れるだろうか。
きっと今日、目を閉じ耳を塞いだあの怒声は、しばらく頭の中から消えないし、しばらくは嫌な後味が残り続ける。
唇を軽く噛んだのちに、小さく「よし」と呟いた。
先程の曲がり角まで一直線に戻る。
依然として壁に押しつけられている男の人の方を指さして、力の限り、叫んだ。
「ここです! ここで男の人が強盗に遭ってます!」
作戦は単純だった。
警察の人を呼んだ、というていで精一杯叫ぶ。
それだけだ。
全ては初手にかかっている一か八かの大勝負。
あの二人組が逆上してこちらに向かって来たら、もう打つ手はない。
さて、どう出る。
曲がり角の先の人物は不意を打たれ、ぽかんとしたのちに、こちらを見る。
あ、だめだ。
自分の策が甘かったことを痛感する。
彼らがこちらに踏み出して、通りを覗き込もうとしているのが、直感的にわかる。
あーあ。
余計なことに首を突っ込んだものだ。
不思議と、諦めがついているのが自分でもおかしい。
その刹那だった。
「お嬢ちゃん! もう大丈夫だから離れて! あとは警察の仕事だから!」
太く、鋭い声が飛来した。
曲がり角の先の二人組は、その瞬間に舌打ちをして、踵を返し路地の向こうに消える。
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