渋谷凛「これは、そういう、必要な遠回り」
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37: ◆TOYOUsnVr.[saga]
2019/12/08(日) 21:51:05.12 ID:clFucneV0

思えば、この男はいつだって間が良い。

狙いすましたような、その瞬間しかありえないような、そんなタイミングを引き当てる。

そういう、天賦の才がこの男にはあるのだ。

もう、ここまで来たら、そう確信するしかなかった。

それを最初に味わったのは言うまでもなく、一度目のスカウトのときで、二度目にしても、そうだった。

きっと、どこかの部活に入部届を出していたら私はアイドルになっていないだろう。

丁度、どこの部活にも所属していない、宙ぶらりんの期間だったからこそ彼の誘いに乗れたのではないか、と思うからだ。

私がアイドルだった頃も例外ではなく、彼は機を見計らうのが上手かった。

最良であったのかどうかはわからないが、得てして彼が選ぶタイミングは概ね間違いがなかったように記憶している。

「間が悪かったかな。……聞いていいものかどうか、あれなんだけれど……その、何かあった?」

私の考えに反して、彼はそう言う。

「ううん。……実は、なんでもないんだよね。丁度、ついさっき、解決したから」

「嘘……ではなさそう、か。すっきりした顔してるし」

「そういうの、わかるものなんだ」

「たぶん、凛だけにしか通用しないけどね」

「どういうこと?」

「俺はさ、長いこと凛をずっと見てきただろ? 表情、歩き方、声の調子、ダンスのキレ、そういうものからでも不調を見抜かないといけなかったわけで」

なんでもないことのように言ってのける彼だった。

そこで私は、彼の服装が見慣れたスーツ姿ではないことに気付く。

「そういえば、スーツじゃないんだね」

「ああ、そうだね。見慣れない?」

「うん。プロデューサーと言えば、スーツだったから」

「プロデューサー、って」

彼が笑いながら、自身がそう呼ばれたことに照れくさそうにする。

しかし、私にしてみれば彼は出会った頃からずっとプロデューサーの人で、アイドルとなってからも私のプロデューサーであったし、ずっとそう呼んでいた。

私はもうアイドルではないし、彼も私のプロデューサーではないのだから、この呼び方は適切ではないとは頭では理解できるが、そうは言われても早々呼び方なんて変えられるはずもない。

故に、私にとってはプロデューサーはプロデューサーなのであるが、どうやら彼はそれが嬉しいらしい。

そして、私もこの呼び名を久しぶりに口にできたことを、胸の内で嬉しく思っているらしかった。



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