渋谷凛「これは、そういう、必要な遠回り」
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23: ◆TOYOUsnVr.[saga]
2019/12/08(日) 21:26:57.69 ID:clFucneV0

■ 三章 同じように、同じ道を。

古い記憶を紐解いて、胸の辺りがぽかぽかとしてくるのを感じて、自然と口角が上がってしまう。

机上で白い湯気を立ち昇らせているコーヒーに控えめにミルクを垂らせば、たちまち白と黒とが混ざり合った。

それをひとくち含めば、心と同じように体もぽかぽかとしてくる。

ああ、そういえば。

喫茶店で打ち合わせをしたり、時には特に理由もなく二人して入ったりするのは、あの二度目のスカウトを受けた時が始まりだったのだなぁ。

今更ながら、自分が喫茶店という空間をなんとなく特別に思う理由がわかった気がして、少し嬉しかった。

そして、ますます彼を探し出してやらなければという思いが強くなった。

といっても、気持ちが増すばかりで何か手掛かりがあるわけではないのだけれど、そこはそれ。

まだこの一方的な勝負は始めたばかりなのだから、悲観していても仕方がない。

とにかく、動いてみなくては。

スカウトの文字が並んでいる四月から、スケジュール帳のページを一つ進める。

ほとんどの日にレッスンの文字が書き込まれていて、その下に小さく出された課題やら簡単なメモ書きやらが並んでいる。

ああ、そうだった。

そうだった。

ダンスレッスン、あまり得意ではなかったなぁ。

なんて、トレーナーさんの厳しい言葉を浴びながら毎日毎日、レッスンスタジオの床を鳴らしていた日々は、今となっては良い思い出だ。

同じように六月、七月、と一つずつページをめくっていく。

徐々に増えていくお仕事関係の予定や、規模の大きなライブなど、密度が増していったり季節ごとのイベントがあったりと小さな違いはあったけれど、出てくるのは楽しかったという感想ばかりだった。

もちろん、楽しいことばかりじゃなかったし、辛いことも嫌な言葉を見てしまって辟易としたことも幾度となくあったけれど、それでもやっぱり最後には楽しかった、と言い切れる自分がいる。

そうして、自分が過去に歩んだ道のりを辿れば辿るほど、その道を進む私の隣あるいは後ろ、時には前にはあの男の姿があって、改めて私の中で彼の存在の大きさを思い知るのだった。

ついさっき悲観していては仕方がないと決意したばかりなのに、早くも弱気になりかけている自分を叱咤し、スケジュール帳の中からよく通っていた場所を抜き出して、持ってきたメモ帳へリストアップしていく。

そこからさらに候補を絞り、この二週間弱の間に回りきれるよう簡単に計画を立てる。

そうと決まればすぐにでも行動しよう。

机上に広げた私物を鞄へと片付ける。

まだ残っているコーヒーに口をつけ、綺麗になった机上へと視線を向ければ、そこには『期間限定濃厚ガトーショコラ』の文字が躍っていた。

そして私は、店員さんを呼ぶべくベルを鳴らす。



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