渋谷凛「これは、そういう、必要な遠回り」
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19: ◆TOYOUsnVr.[saga]
2019/12/08(日) 21:21:20.87 ID:clFucneV0

そのすんでのところで、視界の端に紺の制服に身を包んだ人影を認める。

頭にはこれまた紺の帽子があり、中央には金色のエンブレムが輝いている。

一目で、誰もが何者か理解するその存在は一直線に私と目の前の男のもとへとやってきていた。

放ちかけていた言葉を押しとどめ、数秒待ってみれば、現実は危惧したとおりになった。

紺の制服に身を包んだ人影、警察の人が私と男の前で足を止めた。

「失礼しますね。女子高生に絡んでいるスーツの男がいる、と通報を受けたもので」

私に不利益はないはずなのに、どきりと心臓が跳ねる。

その通報は何一つ間違いではないが、この男が気の毒な目に遭うのは本意ではなかった。

男はと言えば、まさに顔面蒼白と言ったような面持ちで、裁定が下るそのときを待っているみたいだった。

今、自由に動けるのは、発言できるのは私だけなのだ。

否応にもそう理解させられる。

数秒の逡巡を経て、胸中で「仕方がない」と呟く。

これで、貸し借りはナシにしてもらおうか。

「あの、この人は怪しい人じゃなくて。プロデューサーです」

脳内にある情報を必死で辿る。

この男のプロダクションはなんと言っただろうか。所属部署はどこで、名前は何であったか。

「プロデューサー?」
「はい。私はその、この人の担当アイドルで……と言っても駆け出しで無名なんですけど。……あっ、えっとシンデレラプロダクションって名前の事務所で」

我ながらよくもまぁこれだけするすると嘘が吐けるものだ、と内心で驚きつつ、警察の人の出方を待つ。

「ホントだね?」

「はい。たぶん、名刺とかは常に携帯してると思うので、確認してもらっても大丈夫だと思います。……ね?」

男に目配せをすると、彼は心底安心したような表情になって「ええ」と返し、懐から名刺入れを取り出し、恭しく警察の人に渡す。

「……うん。このお嬢さんの言ってることと一致するね。……でも、こんな往来で口論みたいなことはしちゃダメだよ。怪しむ人もいるし、今回みたいに通報されちゃったりするからね」

問題はない、と判断したのか警察の人はすんなりと引き下がってくれる。その後ろ姿が完全に見えなくなるまで見送った。

「…………はぁ。緊張した」

つい、心の声が漏れてしまう。

私は何も悪くないのに、嫌な汗をかかされた。

肩の荷が下りて、精神的な疲労感がどっと押し寄せる。

「その、助かりました。渋谷さん、頭の回転速いんですね」

「頭の回転?」

「だって、咄嗟にあれだけ対応できるの、すごいですよ。俺なんか焦りまくりで。…………ますます欲しいなぁ」

危く御用になりかけたというのに、まだ諦めていない往生際の悪さは呆れを通り越して感嘆するばかりだ。

「それで? どうせ、ここでテキトーにあしらっても、またどっかで会ったら今日みたいに声かけてくるんでしょ? なら、きっぱり断ってあげるから、しなよ。話、ってやつ」

全力で敵意を出して、突き放す気しかありませんよ、という演出をしてみる。

「あはは。それ、演技でしょう? 渋谷さん、礼儀ができない子ではないのはもう僕は知ってるのに」

図星を突かれ、頭にほんのり血が上る。

自分の頬に朱色がさしていることを察し、やけくそ気味に「いいから。話、するんじゃないの?」とまくしたてた。



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