45:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:24:04.59 ID:PR8wYl2Go
「……あずにゃん、がっかりした?」
唯先輩が不安げに私の方を覗き見ました。
「……何言ってるんですか。唯先輩はその方が良いです。唯先輩は、大学生になっても、ずっとそのままの方が良いです」
つとめて明るいイントネーションで呟いたつもりでしたが、自信はありません。
46:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:25:33.99 ID:PR8wYl2Go
「あずにゃんがそう言ってくれるなら嬉しいよ」
唯先輩はほっとため息をついて笑いました。
「私さ、ちょっと不安だったんだ。ムギちゃんはバイトを始めて、りっちゃんも澪ちゃんも他にやりたいことを一緒に始めて、私だけ何もかも高校生のままで、それでいいのかな、って。でも、あずにゃんがそのままで良いって言ってくれるのなら、それだけで安心だよ」
「唯先輩……」
47:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:27:22.86 ID:PR8wYl2Go
それでも、少ししょんぼりしている唯先輩を見ていたら、いてもたってもいられませんでした。
「……きっと唯先輩はまだチャンスが来てないだけです。前に進みたいと思う、その気持ち一つだけで十分素晴らしいです!」
少なくとも、時間に背中を押されて、ただ転ばないように前へ足を出しているだけの私なんかより、ずっと、ずっと……
「……あずにゃん、ありがとっ!」
「ぎゃふっ!?」
48:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:32:40.97 ID:PR8wYl2Go
「もう、離してくださいってばぁ」
「ダメだよあずにゃ〜ん。花火が始まるまでだよっ」
そう言うや否や、どこかのスピーカーからざらざらした女の人の声が、後五分で花火が上がることを告げに来ました。
「あずにゃん、もうすぐ花火が上がるって!」
パッと唯先輩の身体が離れました。
49:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:34:04.94 ID:PR8wYl2Go
花火のしらせはやがて群衆のざわめきに変わり、それが最高潮になった瞬間、一つの大きな花にまとまり、ドンとお腹に響く音と共に空へ打ち上げられました。赤や黄色、緑や青、めいめいの花が咲いては消え、でも夜空を空白のままにしないよう、次々連なって昇っていきました。
時には二つの輪が半分以上重なり合い、混じって派手な円模様と、多色混合の彩り豊かな火花が散り、かと思えば次の瞬間、二輪はどんどん離れて行き、ついには壁でも出来てしまったかのように、妙な距離が出来てしまいました。
あぁ、もっと近づけたなら鮮やかな景色になるのに。寄せては返す花火の距離がもどかしくて、もっと、もっと右に行けたなら……。と思いながら、くい、くいと身体を右に傾けていたら、こつん、と右手が何かにぶつかってしまいました。何が当たったんだろうと右を向いた時、唯先輩と目が合いました。
50:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:35:47.46 ID:PR8wYl2Go
「あっ、ごめんなさい唯先輩」邪魔をしちゃったな、とすぐ悟りました。
そう言うと、唯先輩はくしゃっと顔を崩して、さりげなく、まるでさっきからそこにあったかのように、自分の左手を、私の右手の中へ滑り込ませていきました。
「これなら邪魔にならないよっ」
無垢な笑顔で私にそう言いました。
私は返事代わりに、うつむくように頷いただけでした。
51:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:36:56.40 ID:PR8wYl2Go
それでも唯先輩は満足げに笑って、再び夜空に目をやりました。私もつられて顔を上げると、右腕にとん、と唯先輩の肩がもたれかかってきました。
「あずにゃん」
そう呼びかけられなかったら、私はまた横を向いて、何をしてるんですか!? なんて身構えたかもしれません。ただ、そんないつも通りを過ごすには、唯先輩の仕草が、私に語りかける、真剣な響き故に小さくなってしまった声が、それが私にしか聞こえない奇跡みたいな状況が、あまりに特別過ぎました。
52:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:37:35.07 ID:PR8wYl2Go
「……どうしましたか、唯先輩」
空を見上げたままそう尋ねました。
「あずにゃん、私、やりたいことを見つけたよ」
ほら、こうして良かった。その一言に思わず強張った横顔は、花火が昇る今ならきっと、唯先輩に見えていないでしょう。
53:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:38:55.54 ID:PR8wYl2Go
「私、ここに戻って来て、あずにゃんとこうやって一緒に夏祭りを楽しんで、ちょっと分かった気がするんだ。変わらなかったのは、やりたいことをもう既に見つけてるからじゃないのかな、って。でもそれを始める引き金が、まだ私に無かっただけなんじゃないかのかなって。あずにゃん。私はもっとギターをやりたい! 放課後ティータイムとしてだけじゃなくて、もっと、もっと!」
どどどん、と一段大きな音がしました。でも、その花火がどれだけ立派だったのか、私は知る由もありませんでした。だって……
54:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:40:16.53 ID:PR8wYl2Go
「だからあずにゃん! 大学生になったら、私と二人で、一緒にギターをしてください!」
その瞬間、唯先輩は私の手を両手に包んで、まるで告白まがいなことを大真面目に言うのですから……
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