36:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:04:21.48 ID:PR8wYl2Go
「澪先輩は、大学生になってから変わりましたね」
「そ、そうかな?」
「そうですよ」ふとさっきのやり取りを思い出して、「特に律先輩関係は、前よりずっと積極的じゃないですか。何かあったんですか?」
「!? べ、別に何もない! 何もないぞ!」
慌てて手を振って否定する澪先輩でしたが、何か思い直したように、照れくさそうに頬をかきました。
37:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:06:06.72 ID:PR8wYl2Go
「……というより、十年一緒にいた今までが変わらなさすぎたんだよ」
紅潮しきった頬を掌で押えて、澪先輩は続けます。
「でも勢いとはいえ、変えるきっかけが出来た。そのチャンスを逃したくなくてさ、もう少し自然に近づいてみよう、素直になれるよう頑張ってみようって思って」
最近までは凄く恥ずかしかったけどね。とおずおず付け加えます。
「……皆、新しい環境になって、変わっているんですね」
38:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:09:21.23 ID:PR8wYl2Go
ムギ先輩も律先輩も、澪先輩も変わっていく。成長。それを喜ぶのは至極当然な感情であるはずなのに、皆が私の知らない所で変わっていく。それがとても寂しくてしょうがない。
いつか皆、葉桜が紅く染まっていくように、私の知らない先輩達となってしまうのでしょうか。あの優しくてほんわかと温かい唯先輩も、もしかしたらきっと……嫌。そんなの、絶対嫌だ……!
39:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:12:42.70 ID:PR8wYl2Go
身体が震えそうになっていることに気付いて、私は慌てて考えを薙ぎ払いました。よそう、こんなのただの気の迷いだ。一人で考えるから変な穴にハマるんだ。私と澪先輩はよく似ている。変わりたいと思えるきっかけを訊けたら、きっとこんなモヤモヤもすぐ晴れてくれる。
「……澪先輩」そう思うが早いか、言葉のまとまらない内に、私は澪先輩の名前を呼んでいました。
「? どうした?」
「あの、みお、澪先輩は……」
それから先の言葉が舌をつかず、澪先輩は首を傾げて私の言葉を待ちます。
40:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:13:17.21 ID:PR8wYl2Go
「あの、澪先輩はどうして……!」
何でもいいから何か言ってしまおう。後で補足を入れたらいい、そう思い声を出しました。が、
「おーい! 着いたよーっ」
そう決心した瞬間、唯先輩が大きな声で私たちに呼びかけました。
41:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:16:45.51 ID:PR8wYl2Go
「ラッキー! ちょうど橋の端っこになったぞー!」
「りっちゃん、それは寒いよ……」
「わざと言ったんじゃないやい」
そう言う内に、前を歩いていた先輩達の歩みが止まりました。ちょうど、何の妨げもなく花火を一望できる場所です。
「ごめん梓、何か言った?」澪先輩が再び私に尋ねます。
42:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:17:55.11 ID:PR8wYl2Go
「言わなくてよかった……」折角コンプレックスを払拭しようと頑張ってるのに、私の気の迷いで足を止まらせては申し訳が立ちません。自分の悩みを人に丸投げなんてしては、解決なんて夢のまた夢です。
「……チャンス、かぁ」
その一語が、余計な重みを持ってのしかかってくるような気がしました。
もし私に変わるチャンスが訪れても、それを受け入れることが出来るだろうか。
……ただ一人変わらずにいてくれている唯先輩にも、もしその日が訪れたら、私は笑って見送らなければならないのだろうか……
43:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:21:36.12 ID:PR8wYl2Go
「あーずにゃん」
「わっ」
物憂げに星を見ていたら、空っぽになっていた右隣に、いつの間にか唯先輩がやってきていました。
「良かったぁ。一人で見に行っちゃうのかと思ったよ」
「そんなことしませんよ。花火は誰かと見た方が良いに決まってます」
44:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:23:12.51 ID:PR8wYl2Go
二人とも無言のまま、花火は刻一刻と迫っていきます。心の中で手持ちぶさたを言い訳に、唯先輩の横顔を眺めました。
「……唯先輩は変わりませんね」
「えぇ〜そうかなぁ。私、大学生になったんだよ?」
「じゃあ何か変わったんですか?」
「えーっと……アイスを三口で食べれるようになった」
45:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:24:04.59 ID:PR8wYl2Go
「……あずにゃん、がっかりした?」
唯先輩が不安げに私の方を覗き見ました。
「……何言ってるんですか。唯先輩はその方が良いです。唯先輩は、大学生になっても、ずっとそのままの方が良いです」
つとめて明るいイントネーションで呟いたつもりでしたが、自信はありません。
46:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:25:33.99 ID:PR8wYl2Go
「あずにゃんがそう言ってくれるなら嬉しいよ」
唯先輩はほっとため息をついて笑いました。
「私さ、ちょっと不安だったんだ。ムギちゃんはバイトを始めて、りっちゃんも澪ちゃんも他にやりたいことを一緒に始めて、私だけ何もかも高校生のままで、それでいいのかな、って。でも、あずにゃんがそのままで良いって言ってくれるのなら、それだけで安心だよ」
「唯先輩……」
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