3:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 22:18:32.20 ID:PR8wYl2Go
夕方六時のチャイムが鳴る頃には、青空に赤い影がぼんやり滲んで、じいじいと耳をつんざくような蝉時雨も、まるで川の流れのように滑らかな音色になる、そんな時期になりました。
風も僅かながらそよそよと穏やかに流れていて、心地良い暑さが夏の終わりを、ぼんやりと連想させました。
4:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 22:19:42.62 ID:PR8wYl2Go
川を越え信号を渡り歩くことおよそ十分。曲がり角を抜けた所、遠目に先輩たちの姿を確かめることが出来ました。
「あっ、おーい! あずにゃーん!」そう私が気付くや否や、唯先輩も私に気付いたらしく、こちらを向いて、手を広げながら駆け寄ってきました。
あぁ、懐かしいなぁ。唯先輩はいつも私と会えば、真っ先に駆け寄って抱き着いてきていました。しかし、今日の問屋は高めの為替。何故なら唯先輩と私の距離は、遠目と言うほどに離れているわけで……
5:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 22:20:51.68 ID:PR8wYl2Go
「これだけ離れてて、かわせないわけがないです!」
とはいえ、今身体をズラすにはいささかタイミングが早すぎて、もうちょっと近づかせないことには、唯先輩が対応できてしまいます。もうちょっと近づいてもらわないと。もうちょっと、もうちょっと……
「梓ちゃん、久しぶりね〜」
「わっ!?」
突然背後から話しかけられ、思わず後ろを振り向きました。声の通り、そこにはムギ先輩がいました。しかし、一体いつから背後に……?
6:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 22:22:30.92 ID:PR8wYl2Go
「もう、ビックリしましたよムギ先輩」
「あらあら、ごめんなさい」
「……あの、どうして少し距離を置くんですか?」
「だってここがベストスポットだもの」
「ベスト……?」
7:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 22:25:46.08 ID:PR8wYl2Go
「半年ぶりのあずにゃん分だ〜! お肌のモチモチもあったかさも変わんないねえ」
「や、やめてください唯先輩ぃ!」
そうやって言う唯先輩も、やっぱり半年前と何も変わらない。でも半年の月日が流れていたことは確かなだけに、すっかり免疫の無くなった私の心臓は、途端にばくばくと早鐘を打ちだしまして……
「ム、ムギ先輩、助けてくださ」
「半年ぶりの唯梓分……! あぁ、どんどん癒されていくわ!」
8:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 22:27:03.66 ID:PR8wYl2Go
「もう。頬ずりまでしたんですから、人前でくっつくのはダメですよ」
「えぇ〜。あずにゃんは手厳しいなぁ……」
唯先輩がそう不服そうに呟くのを、隣でムギ先輩が慰めていました。
……後ろを歩いているお陰で、離れた後でも足が震えてるのはバレてない、と思いたいです。
9:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 22:27:51.44 ID:PR8wYl2Go
「それにしても、あずにゃんが何も変わってなくて良かったよ〜。反応は前より可愛くなってたけど」
「う、うるさいです。……でも、唯先輩もムギ先輩も、お変わりないようで良かったです」
「あ、でもねあずにゃん。ムギちゃんは大学生になってからたくさんバイト始めたんだよ」
「え、そうなんですか!?」
ムギ先輩を見ると、そうなのよ〜とこくんと頷き、
10:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 22:28:24.80 ID:PR8wYl2Go
「社会勉強をしたくてね。レジ打ちとか古本屋さんの棚整理とか、色々始めたのよ」
「いくつも掛け持ちしてるんですか、スゴいですムギ先輩!」
「褒めてもお茶は出ないわよ〜」
スゴいと言われて、ムギ先輩はとても嬉しそうでした。お金に不自由なんてしないのに、自ら進んで働くなんて、ムギ先輩は人がよく出来ています。
11:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 22:29:03.29 ID:PR8wYl2Go
「後ね、澪ちゃんとりっちゃんは別のサークルにも入ったんだよ。二人とも同じ『しいた』同好会なんだって」
「……角度同好会とは、かなりマニアックな集まりですね」
「ぷぷっ。あずにゃん、知ったかぶっちゃダメだよ〜」
ムカッ。確かにダメ元で言いましたけど……。
12:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 22:29:49.93 ID:PR8wYl2Go
唯先輩は得意気に続けます。
「あずにゃん、『しいた』っていうのはね、この詩のどんな所がいいかを調べたり、実際に作って見せ合いっこする所なんだよ」
「……唯先輩、その同好会、『しいた』じゃなくて、『しいか』だったりしません?」
「ほぇ?」
ムギ先輩の方を見ると、うんうんと二度首肯してくれました。
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