6: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:05:28.23 ID:rNK9Zl/t0
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「よう、今夜飲みに行くぞ」
週が明け、一日と半分強が過ぎた火曜の昼下がり。
先輩はなんの前触れもなくそんなことを言い出した。
事務所にやってくるなり開口一番。僕はPCのディスプレイに視線を向けたまま口を開く。
「週ナカにですか……。先週末だって飲みましたよ?」
「理由に心当たりがないとか言い出さないよな?」
「……いや、ありませんけど」
オーディションの資料を流し見しながらの僕の答えに、先輩は盛大にため息をついた。
そんな「どうしようもねえなこいつ」みたいな顔をされても困る。
先輩なら僕の頭を占める問題をこれ以上増やさないでほしいものだ。
そう、せめて僕が名前も聞かずにスカウトしまった彼女から、何かしらの連絡が届くまで。
それくらいの間は、そっとしておいてくれたっていいだろう。
「見るからに仕事に身が入ってないだろうが。そわそわそわそわしやがって、ぜってー理由聞き出してやる」
「うわー……毎度ながらハラスメントギリギリじゃないですか」
「おう、ギリギリアウトだな」
「自分で言うことじゃないですよ」
「はっはっは」
とはいえ、先輩に捕まった以上断るのは難しい。
社会人一年目の頃から、彼には面倒を見てもらってきた。
昔っから人柄は変わってないし、それでも僕が逃げ出していないのは、つまりそういうことだ。
人と接する態度はやや適当だが面倒見は割といい彼は、プロデューサーとしてもアイドルから真っ当に信頼を得ている。
どうも腰が低くなりがちな僕も見習うべきなんだろうけど、ううむ。
「と、いうことで今日は定時上がりだ。やる事片付けとけよ」
「わかりました。……と、内線。話はまた後でお願いします。……はい、芸能課の……」
鳴り響いた内線に対応する僕を横目に、彼はひらひらと手を振って事務所を後にする。
アイドルについて回る仕事もそれなりにある人だから、別に不思議な光景じゃない。
とはいえ、自分の席に着くこともしなかったところを見るに、僕を飲みに誘うためだけに事務所に顔を出した可能性はありそうだ。
「……僕に来客、ですか。わかりました、向かいます」
さて、内線を受けてみればその内容は珍しいものだった。
木っ端の新人で、しかも最近までは先輩の補佐ばかりしていた僕を指名した来客は、めったにないと言ってもいい。
伝えられた苗字にも記憶がなく、失礼のないようにしないとまずいな、と冷や汗をかきながらエントランスへと赴くと、そこには。
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