19: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:19:08.95 ID:rNK9Zl/t0
丁度よくその日の昼前に打ち合わせがあり、三船さんと顔を合わせることになった。
彼女はきちんと時間通りにやってきて、何事もなかったかのように応対し、打ち合わせはつつがなく終わった。
「お疲れ様です、三船さん」
「はい、お疲れ様です」
話しかけても無視をするような極端な態度は取らないけれど、どこかぎこちなさを感じさせた。
昨日の出来事を、なかったことにはできそうにない。
「少し話を、いいですか」
「……できれば、遠慮させていただけると。多分、どんな話であっても、つらくなるだけですから」
手厳しい返事が返ってきた。が、確かにそうだろう。
彼女を引き止めるに足るだけの言葉を、僕はまだ見つけられていない。世間話をしても、名残惜しさが積もるだけだ。
話したいという気持ちはあるけれど、今はきっとその時じゃない。
「わかりました。でも、僕からもちゃんとお話をする時間は、いつか取りたいと思ってます」
「それは……はい。ちゃんと、聞きます。私だけが言いたいことを言ったら、不公平ですから」
「それが聞けただけで、今は十分です」
もどかしさを胸に募らせながらも、僕は彼女に背を向けた。
僕の中に渦巻く、僕が納得できる答えを、どんな形であっても伝えなきゃいけない。
それだけを考えて。
「……やっぱり、そうなるのか」
手帳を見直して、今確定しているスケジュールを埋めて、わかったことが一つあった。
三船さんの最後の仕事は、あのテーマパークでのリポートになる。
本当に、あの場所をアイドルとしての最後の場所にするつもりなのだ。
タイムリミットが定まって強まる焦りを、どうにか押しとどめる。
一つ大きく息を吐いて、先輩の言葉を思い出した。今はただ業務をこなして感情を整理することも必要かもしれない。
そうして新着のメールを一つ一つ開いていく。
返信すべきものには返信を行い、そして、見つけた。
「ソロシングル、打ち合わせ……?」
メールを開き、本文に目を通す。
『かねてより検討が進められていた三船美優のソロシングルについて、正式に出版が決まった旨をご連絡いたします。つきましては……』
大急ぎで手帳に予定を記していく。
わざわざメールチェックを指示してきた先輩は、まさか知っていたのだろうか。
そういうことをしてもおかしくない人だとは思うけど、言い方が遠回しだ。気づかなかったらどうするつもりなのか。
ともかく、これはきっと最後のチャンスだ。
三船さんにはずっと、アイドルとして自分だけの歌を歌う経験をしてほしかった。
新しい仕事は受けないという彼女の意向には反するかもしれないけれど、こればかりは譲れない。
そして、この歌を通じてしか、伝えられるものはないのだろう。
プロデューサーとして担当アイドルに、あるいは僕自身が、三船さんに向けて。
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